|
「劇場版NARUTO疾風伝――ナルト、死す」の感想。(その3)
今日の記事は、敵たちについてです。
今回の敵は、黄泉(ヨミ)、クスナ、シズク、ギタイ、セツナ、そして“魍魎” の6人。 90分くらいの長さの映画にしては、多い方ですよね。 (“魍魎”を「○人」とカウントすることには若干ためらいを覚えますが、まあ便宜上(笑)。)
クスナ、シズク、ギタイ、セツナの四人衆の衣装は、ベトナムのアオザイを模してますよね。 (今思うと、大蛇丸の衣装にも微妙に似てたな。) ギタイの衣装だけはボトムがロングスカートなので、あれはどこ発祥なのか不明ですが(笑)。 あと、パンフレットをよく見たら、クスナは左足首にアンクレットしてます。 流石は『NARUTO』ワールド、敵方の衣装や小物までジェンダーフリーだ(笑)。
ところで、四人衆の名前って、「シズク」は「雫」、「ギタイ」は「擬態」、「セツナ」は「刹那」にちなんでるんでしょうけど、「クスナ」っていう名前は何にちなんでいるのでしょう? (原作で「クシナ」って名前が出てきたばかりだから、ドキッとしましたよ。)
あと、黄泉とクスナは、上着の内側のポケットに、メスとか縫合用の針とかをいっぱい入れていたようですが、あれじゃ動くときにさぞやガチャガチャうるさいだろうな。 (だから、ストーリー中盤で、「紫苑を背負ったサクラのすぐ近くに、クスナがいつの間にか迫っていた」っていうのが「え?」なんだよな。 絶対「ガチャガチャ、ガチャガチャ」って音がしていたと思うんだけどな(笑)。)
今でも気になって仕方がないんですが、シズクって男なんでしょうか、女なんでしょうか? 声は女性だし、一人称は香燐を連想させる「ウチ」だし、今までも、敵チームって1人だけ女性がいるパターンが多かったし、私はてっきりシズクが紅一点メンバーだと思っていたのですが……。 でも、パンフレットによれば、原作者の岸本氏は「敵役の四人衆が全員男前」と言ってるんですよね。 確かに、シズクは言葉遣いは別に女性っぽくはなかったし、体つきも「明らかに女」ってわけでもなかったし……。
でも、私が「シズクは女だ」と思ったのは、その動きと、「シズク」という名前そのものが理由です。 シズクの動きってあれ、女子フィギュアスケートの演技にそっくりじゃないですか? 上体を前に傾け、片足を後ろに高く上げ、反対側の足の爪先に重心をかけて前へスーッと滑って移動するところなんて、まるでフィギュアスケートの「スパイラル」ですよ。 レイバック・イナバウアーを意識したような、後ろに反るポーズも多かったですし。 そして、レイバック・イナバウアーといえば、荒川静香。 「静香」をちょっとひねれば「シズク」になりますよね?(笑) 私は、敵の中では、このシズクの動きがいちばん好きでした。 キャラクターは小面憎かったですが、動きは優雅でありながら力強く、意外性もあって、見応えがありました。
(そういえば、静香つながりで思い出したのですが、カカシ役の井上和彦の妻の越智静香が、10年以上前のアイドル時代に、『Shizuku―雫』って写真集を出してましたね……(最近、「越智静香」で検索してこのブログに辿り着くお方もおられるようなのですが、アイドル情報なんて全然載っていなくてごめんなさい(笑))。)
次に、ギタイの郭(くるわ)言葉ですが、あれ、映画館で観ていた小学生たちは「あー郭言葉だ」とわかったのでしょうか。 郭言葉とは、江戸時代、全国じゅうから江戸の遊郭に売られてきた少女たちが、出身地の方言や訛りを隠すために新しく教え込まれた、遊郭内でのみ使用される人工言語みたいなものですが。 ギタイが多用していた「あちき」「ありんす」はまさにその代表例。 (林家木久蔵(今月21日から「林家木久扇(はやしや・きくおう)」に改名する予定)が、「大喜利」でよく口にしてますね(笑)。) ギタイはお国訛りがひどかったのでしょうか(笑)。
ギタイを演じた声優さんの「谷山紀章」って名前が、サスケ役の「杉山紀彰」に似てるな、と前から思っていたのですが、パンフレットによれば、この「谷山紀章」は「たにやまきしょう」と読むそうですね。 何だかちょっと惜しい(笑)。
私は、シズクの変身した姿を見て「荒木飛呂彦の「バオー来訪者」だ!」、ギタイの変身した姿を見て「菊地秀行の「妖獣都市」の蜘蛛女だ!」と心の中で叫んでしまいました……例えが古過ぎてすみません……。 両方とも「ぴえろ」の作品じゃなかった気がする……「マッドハウス」の作品だったかな……両方とも最近リバイバルになってDVD化されたらしいのですが(って、今ここではそんなことはどうでもいい情報(笑))。 シズクとギタイは、変身した姿や動きの他にも、そのいかにも芝居がかった感じの大げさな台詞回しで、こちらの「ああ、映画なんだ!」という気持ちを高めてくれました。
四人衆が使った術の中に、“雷遁”だけはなかったですね。 何でかな? 保存や注入の最中に感電しやすいからだとか……(んなわけあるか)。 あ、もしかして、“雷遁”って、動画にするとあんまりバリエーションがないからでしょうか? テレビアニメでは“雷切”“千鳥”がもう出ていますし、これから“千鳥流し”も作画しないといけませんしね。 あ、あと、サスケが対デイダラ戦で使った、デイダラ曰く「カカシのアレ」も。 (“千鳥”を千本みたいに飛ばすあの術って、ちゃんとした術名は出てましたっけ?)
今回の映画の敵チームって、私はかなり好きだったかも。 都合6人もいるのに、それぞれの個性が際立っていて存在感があったから、「この短時間に6人も覚えられねー!」とは全然思いませんでしたし(笑)。 あー、同じ敵なら、原作の“暁”にも、これくらいの愛着を感じられたらいいのに……ゲホゲホ。 でも、今回の敵チームが何となく好きなのは、「90分後くらいには絶対に消えてくれているはず」「ナルト側に犠牲者は絶対出ない」という映画ゆえの確信が最初からあって、安心して観ていられたからかも。 それに比べ、原作の敵って、いつになれば必ず消えてくれる、っていう保証がないですし、消えるに際してナルト側も犠牲を払うことが多いですからね、好きだ嫌いだの前に、不安にさせられるんですね。 (現実とフィクションの区別ついてるか?>私(笑))
でも、“暁”が1人残らずいなくなるとしたら、それは『NARUTO』の完結が本当に近い時である可能性も高いので、これからは“暁”にももうちょっと愛着持つようにしてみます。 そうだ、もともとイタチのことは好きなんだし、大丈夫だろう、多分。
「劇場版NARUTO疾風伝――ナルト、死す」の感想。(その1)に戻る 「劇場版NARUTO疾風伝――ナルト、死す」の感想。(その2)に戻る
「劇場版NARUTO疾風伝――ナルト、死す」の感想。(その4)に進む
テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック
|