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2014年9月・内閣改造に寄せて(ってほどのもんじゃないが)。(その2)~「幸せなんて男が求めるものじゃないのォ」?~

今日(9月15日)は敬老の日でした。

敬老の日ネタについて書きたいこともあるんですが、書き溜めたものをまずはアップします。
2014年9月・内閣改造に寄せて(ってほどのもんじゃないが)。(その1)~「強姦罪に対する刑は、強盗罪に対する刑より軽い」という現状~」の続きです。

++++++++++++++++++++++++++++++
有村治子氏が、「女性活躍担当相」に任命されましたね。
「女性活躍庁」とかの新しい役所ができたのかと思ったら、そうではないのですね。

いっそ、フランスに倣って、日本も「女性権利省」を作ればいいのに、と思ったんですが。

でも、日本じゃぜーったい、実現しないでしょうね、「女性権利省」という名称の新省の創設は……ツラい状況に置かれている男性からの「これ以上、女を付け上がらせるな!(激怒)」「これ以上女を甘やかしたら、日本は本当に滅びるぞ!(憤怒)」って声が吹き荒れて(汗)。

でも、別に「今より女性に楽をさせて、その分、男性にいっそうの我慢を強いるべき」とか何とか、そういうことでは全然なく。

「女性権利省」と同時に、「男性権利省」も創設すればいいんですよ。

前から何となく、そうは思ってたんですが……最近改めてそう思ったのは、平成26年度版の「男女共同参画白書」の概要を知った時。
この平成26年度版の「男女共同参画白書」は、初めて「男性のライフスタイル」に焦点を当てて書かれたそうですが。
特集 変わりゆく男性の仕事と暮らし」には、こんな記述があります。

+++↓ここから引用↓+++++++++++++++++++++

男性に比べて,女性の方が幸福度や生活満足度が高い。

(中略)

男性の就業を取り巻く状況が大きく変化する中,女性が経済的な理由から就業するケースが増えると予想される一方,男性の労働時間や家事関連活動時間に大きな変化は見られず,その背景には,主たる稼ぎ手としての男性自身の認識と女性からの期待があると考えられる。

+++↑ここまで引用↑+++++++++++++++++++++

新聞とかネット上のニュースとかでは、「女性より男性のほうが、幸せを感じられずに生きている」という感じに総括されていたと思います……それも「ちょっと驚き」のようなトーンで。

でも。
私は「まあ、そういう結果になるだろう」と思いました。

いったん話は変わりますが。
漫画『NARUTO』で、自来也が雨隠れの里へ発つ前、綱手との会話の中で、「幸せなんてものは男が求めるものじゃないのォ」みたいなことを言ってたじゃないですか。

あの台詞を読んだ時、私は「あー困った台詞が出てきた(汗)」と思ったんですよ……「何で男が幸せを求めちゃいけないわけ?」と。

そして少なからずびっくりしたのは、自来也のあの「幸せなんてものは男が求めるものじゃないのォ」という台詞のことを、「かっこいい!」「こうでなくちゃ!」と、好意的に受け取ってた女性読者がけっこういた……というより、圧倒的多数だったらしかったこと。

何でー!?
何で「かっこいい!」「こうでなくちゃ!」となるのー!?
こういう「幸せなんてものは男が求めるものじゃない」みたいな痩せ我慢が行き過ぎるから、中高年男性の自殺が多発しちゃったりするんじゃないの!?


とまあ、脱線はこれくらいにして。
閑話休題。

多くの女性は子供のうちから、「自分にとっての幸せは何か、よく考えなさい」というメッセージを受け続けて育ちます……親から言われたり、教師から言われたり、若い女性向けの雑誌に書かれているのを読んだりして。
だから、だいたいの女性は、遅くとも二十歳前後の頃までには、「自分の幸せについて考える習慣」とか「自分なりの幸せに近づくため、行動計画を立てる習慣」ってものが身についていると思います。

しかし。
男の子に対して、「自分にとっての幸せは何か、よく考えなさい」という教育をしてきた親や教師って、今までどれくらいいたでしょうか?
ゼロとは思いませんが、圧倒的少数派であることは、間違いないのでは?

ほとんどの大人が「幸せなんてものは男が求めるものじゃない」みたいな接し方をしてきたんじゃないでしょうか?

その結果「自分の幸せについて考える習慣」とか「自分なりの幸せに近づくため、行動計画を立てる習慣」のないまま大人に――それも、中年といってもいいような年齢に――なってしまった男性に、「今、幸せですか?」とか「今、日々幸せを感じて生きていますか?」とか聞いても、「何のことやら」とか「それどころじゃない」とか、あるいは「安泰で気楽で楽しい毎日ではない」という意味の「幸せではない」とかの回答が返ってくるのは、当たり前だと思う。

だから。
これからは男性にも、いや「男児」のうちから、「自分にとっての幸せは何か、よく考えなさい」って教育をしたほうが、絶対、いいと思います。

今までは「男性にとっての幸せってものがあるとしたら、それは、世間からの高評価を得ることだ」くらいにしか考えられてなかったような気がするんですが、しかし。

これからは、「世間からの高評価を得る」どころか、ひと昔前の「世間並みになる」ことさえ、難しくなる。
「結婚する」とか「子供を持つ」とか「持ち家に住む」とかの、別段「贅沢」ではない、「日常」であるはずのことだって、父親の世代がそれをできていた時代に比べれば、同じことをするのは困難になる。

だからだから。
これからの男性には、「自分の幸せについて考える習慣」とか「自分なりの幸せに近づくため、行動計画を立てる習慣」が必要になるのです……そのためには、「男性」が「男児」のうちから、周りの大人が、そういう接し方、そういう教育をすることが必要になるでしょう。

「幸せなんてものは男が求めるものじゃない」なんて言ってる場合じゃないのです。
男の子に、そういう痩せ我慢を強いる教育をしていると、その男の子は、のちに働き盛りや分別盛りと言われるような年齢になった時に、「苦しいときに苦しいと言えず、他人を頼っていいときに頼れず、1人で悩んで悩んで悩んで、ある日突然、首吊ってしまう」みたいな行動パターンしか、頭に浮かばなくなりかねません。



――まあ、もっとも。
女性は「自分にとっての幸せは何か、よく考えなさい」って教育と平行して、「自分の幸せばかり追い求めていないで、他人に尽くしなさい」という教育をされるんですけどね。
いや、むしろ今までは、「自分の欲ばかり追いかけず、他人に尽くすことこそが、女性の幸せですよ」という言い方をされることも多かった。

(そういう教育と決して無関係ではないと思うんですが……日本って国は、昭和の終わり頃までは、若い女性の自殺が多い国だったのです。

そりゃそうだ、「自分の幸せを追いかけろ」と言われたり、「自分の幸せばかり追いかけるな」と言われたり、世間からのそんな相反する期待や視線の中にい続けたら、文字通り身を裂かれる思いだろうし、しまいには耐えられなくなっても無理もない。

「日本は、中高年男性の自殺が多い」という言い方がよくされますが、その言い方は、半分しか当たってません。
「日本は、中高年男性の自殺が増えるまで、自殺問題を社会問題として扱わなかった。若い女性の自殺問題は、あくまで個人的な問題だとしか認識してこなかった」って言い方のほうが、より正確なはずです。

そしてこの「若い女性の自殺」は、ここ数年でまた増えているらしいですね……自殺件数自体は減っているとはいえ、この「若い女性の自殺の再増加」ってのは、憂うべきことに決まっている。

しかし、報道全体のトーンからは、何となく「自殺件数が減って良かった良かった、これも景気回復のおかげだ」的な感じを受けます。
「この国にはまだ、

『中高年男性の自殺は大問題だが、若い女性の自殺はそうでもない』
『中高年男性の自殺は社会問題だが、若い女性の自殺はあくまで個人的な問題であり、社会で対策は立てようがない』

って考え方が根っこにあるのでは?」と思わずにはいられず、重ねて暗い気持ちになるのです。)

えー、だから。
男の子にも「自分にとっての幸せは何か、よく考えなさい」って教育は必要なんですが、同時に「周りの人の幸せも考えなさい」って教育も必要なんでしょうね。
「自分の幸せしか考えない男」なんて、「自分の幸せしか考えない女」以上に図々しくてずる賢い、タチの悪い生き物になりそうだし(汗)。

この記事の前のほうで、「「女性権利省」と同時に、「男性権利省」も創設すればいい」と書きましたが、一部訂正。
「女性権利省」はこのままでいいですが、「男性権利省」は「男性幸福省」と名称変更しましょう……「男性の幸福と、男性の周りにいる人々の幸福を目指す」という意味を込めて。

やっぱり男性が幸福じゃないと、女性が活躍するにしても、女性の権利を確立するにしても、なかなかことが進まないと思うので……ってか、「女性の活躍」なんて、もう30年くらい前から掲げられているのに、未だに女性を取り巻く状況が惨憺たる有様なのは、ここ30年くらいの間で、男性が幸福じゃないほうへどんどん向かっているから、ってことも、一因のような気がするし。


最後に……繰り返しになりますが。
「幸せなんてものは男が求めるものじゃない」なんて価値観は、これからはもう、男性も女性も、過去のものにしていかないと……ちょっとずつでもいいから。

そして願わくば、男性には「自分の幸せについて考える習慣」と同時に、「自分の周りの人の幸せについて考える習慣」も、身に着けていただきたいものです……これも、ちょっとずつでもいいから。

そしてそして、もう一つ願わくば。
男性には、「痩せ我慢」も、完全には放棄しないでいただきたいのです……これも繰り返しになるようですが、「痩せ我慢を完全に放棄した男」って、「痩せ我慢なんぞ、生まれてこの方、したことのない女」以上に図々しくてずる賢い、タチの悪い生き物になりそうで、想像すると、ちょっと怖いのです(汗)。

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2014年9月・内閣改造に寄せて(ってほどのもんじゃないが)。(その1)~「強姦罪に対する刑は、強盗罪に対する刑より軽い」という現状~戻る
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