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東日本大震災から、3年と3ヶ月と12日。~沖縄戦終結から69年~

今日は、沖縄慰霊の日です。

私は今から約3年3ヶ月前、

「『巨大地震に襲われた東北の被災地で、赤ちゃんが生まれている』という報道を聞いて、「生ましめんかな」という詩を思い出した」

というような記事を書きましたが。
(これです→2011年3月20日7時台。~ひとりひとりの「生ましめんかな」~

この約3年3ヶ月前に、実はもう一つ、思い出していたことがありました。
それは、ずっと前に聞いたことですが、

「太平洋戦争の時、沖縄で地上戦になった後、逃避行を続ける現地の住民たちの中に、妊婦がいた。
その妊婦は、逃避行の中で子供を産んだ」


という話です。

で、「空襲のさなかにしろ、命がけの逃避行の最中にしろ、発災直後の被災地にしろ、何でそんな極限状態の中で、子供が生まれたりするんだろう」……と、思ったりもしたんですが……。

人間ってのは、そこまでして生まれる理由が何かしらあるから……だろうな。
人間には、そんな極限状態に置かれてさえ、生まれなきゃならない理由があるから……だろうな。
子供の親や、分娩介助に当たる大人たちでさえ、その場ではわからないかも知れない理由が、必ずあるから……だろうなと、今は思う。


さて。
「日本で、原子力災害の起きた地」といえば、「広島、長崎、福島」なんでしょうが。
福島で育った期間が長い私は、3.11の前から、広島や長崎より、なぜか沖縄への共感のほうを強く感じることが多かったのです。

何でかな、と思うこともあったんですが……。

それはやっぱり、この国には
「何十年にもわたってある地域を危険に晒し続けないと、他の地域ひいては社会全体・国家全体が立ち行かない」
という構造があって、その「危険に晒され続けている地域」が、沖縄であり福島であった(ある)からだと思う。

広島や長崎は、甚大な被害は受けたものの、「何十年もそこが危険に晒され続けることによって、他の地域が助かってる」ってのとはちょっと違うし。

これは、「自分のことであれ他人のことであれ、『犠牲になった、犠牲にした』みたいな考え方は大嫌い」というお方にとっては、「キーッ」となってしまう考え方なのかも知れませんが。
そう思う人間は厳然としている、ということです。


この本の著者の高橋哲哉さんというお方は、「福島県出身で、福島の高校を卒業し、大学進学を機に上京し、その後ずっと東京に住んでいる」というところは、私と似ています。

犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)
(2012/01/17)
高橋 哲哉

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そういう、「10代の終わりあたりに福島から東京へ移り住み、その後も東京に住み続けている」という立場の者は、「福島と沖縄に共通のものを見る」という視点を持つことがよくあるのかも知れない。

「ずっと福島(及びその近隣)に住んでいる」とか「大学の数年間だけ東京に住み、その後福島にUターン就職した」とかの友人・知人と話していても、「福島と沖縄が似ている」って話にはならないし。
「首都圏の生まれ育ち」という友人・知人たちはそもそも、そのほとんどが、「首都圏で使われている電気は、40年くらい前から、福島の原発から送られ続けていた」ってことを、3.11まで知らなかったらしいし。

この「ほとんどの人が知らなかった」という事実に、私には今でも耐えられなくなることがあるんですが。
でも、私の友人・知人たちはみんな、「知らなかった」なりに、その後は可能な限りの良識的な言動を守ってくれているので、救われています……まあ私が何かにつけ「これだから都会のモンはー!(怒)」とギャンギャンうるさく言うので、面倒がられているだけかも知れませんが(汗)。


ところで、この記事の初めのほうを読んで思い出したんですが。

2011年3月20日の時点では、まだ「東日本大震災」という名称は決まってなかったんですね。
3月11日のうちに気象庁は「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」という名称を発表しましたが、政府が「東日本大震災」という名称を決めたのは、同年4月1日でした。

1995年1月17日に起きた、いわゆる「阪神・淡路大震災」も、この名称が決められたのは同年2月14日に、時の政府によって、だったんですよね。
気象庁はやはり発災当日のうちに会見を開いて、「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」という名称を発表していたそうです。


あーそうだ、「上に掲げた本の著者の高橋哲哉さんと私は、共通点がいくつかあるようだ」みたいなことを書きましたが。
このお方と違って、私は東大卒では全くありませんし、また、世代的にもかなり下です!(汗)
そのあたりははっきりさせておかなくては、な!(汗)
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