こじゃれブログ

プロフィール

みつか

Author:みつか
FC2ブログへようこそ!



カテゴリー



最近の記事



最近のコメント



フリーエリア



最近のトラックバック



月別アーカイブ

MONTHLY



FC2カウンター



カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-



QRコード

QR



シチュー引きずり回し



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




超々高齢化社会の風景。~2013年・敬老の日に思うこと~

今日(9月16日)は敬老の日でした。

で、いきなりですが。

「高齢者の世話」というと
「相手の人格を認め、対等な者同士として、忍耐強く接しましょう」
みたいなことを言われるのがお約束ですが……。

当該高齢者が「体は弱っているが、性格は以前と同じく、そこそこ常識を備えたままで、話も通じる。記憶力も、『まあこれくらいの低下はしょうがない』と周りが思える程度の低下」という状態なら、「忍耐強く接しましょう」ってのも、まあできるかも知れません。

しかし。
「認知症になって記憶力はガタ落ちし、性格はものすごく攻撃的になったが、体はピンピンしている」というような高齢者に対しては、「忍耐強く接しましょう」じゃ済まないことは、ちょっとでも経験した人なら誰でもわかると思う。

子が親を殺してしまったり、親が子を殺してしまったりするような事件が起きると
「核家族化が進み、子を持つ親の相談相手になれる祖父母の世代が家庭内にいなくなったからだ」
みたいなことを言う人が必ずいますが。

今じゃ、前述したような「性格はものすごく攻撃的になったが、体はピンピンしている」というような高齢者が、5年も10年も、もしかしたらそれ以上の期間、家庭内で、自分の息子夫婦や娘夫婦に暴言を吐き続けることも、増えているわけです。
「カネがなくなった、お前が盗ったのか(※実は単に自分が使ったのを覚えていないだけ)
とか、
「大事にしてたものがない、どこへ隠したんだ(※実は外出先で置き忘れてきた)
とか、
「食べようと思ってたものを冷蔵に入れておいたのに、さっき見たらなくなってた、誰だ勝手に食べたのは(※実は自分が食べたのに忘れている)
とか。

そんな高齢者が、子育て世代の息子夫婦や娘夫婦の相談相手になんかならないのは、当たり前。
だいたい、「カネがなくなった、盗まれた」系の疑いを真っ先にかけられるのが、息子夫婦や娘夫婦なんだから。

孫世代にとっちゃ、そんな祖父母の姿を見せられ続ける弊害のほうが大きいんじゃないのか?

いったん話は変わるようですが……よく、「頭痛による国民全体の経済的損失は年間○○億円」とか「二日酔いによる国民全体の経済的損失は年間○○億円」とか言われますが。

「認知症の高齢者の罵詈雑言によって家族が神経をすり減らし、精神的に傷つき疲れ果てる、その経済的損失」ってのも、既に年間数億円なんじゃあるまいか、と思う。



いろんなブログを拝読すると、「認知症の姑がいる、嫁の立場の女性が書いたブログ」ってのが、けっこう多いんですが。
その姑がもう施設に入っている場合は、お嫁さんも、日々それほど姑のことばかりで頭を痛めてはいないようです。

しかし。
姑が「性格はものすごく攻撃的になったが、体はピンピンしている」という状態で、しかも「同居」となると、お嫁さんは連日もう爆発寸前&発狂寸前なのが、読んでいて伝わってくる。

そして。
「姑を見ていると、長生きすることは決して幸せなことばかりじゃないと思う」
「もし私自身がこんな状態になったら、そのときは山に捨ててきてくれて構わないと思う。どこかに、そういうことを確約してくれるサービスでもないだろうか」

みたいなことを、けっこう本気で書いている人も多い。



こういうことを書くと、「高齢者を厄介者扱いするのか、この人でなし」とか、「今の日本の繁栄を支えてきたのは我々の世代だ。その我々を邪魔者扱いするのか」とか、多分言われるんでしょうが。

確かに今の高齢者世代は、正の遺産をいっぱい残してもくれたが……負の遺産もごっそり残してくれてしまったのも、また事実。
だいたい、「後の世代に、正の遺産だけを残し、負の遺産は一切残さなかった」なんていう世代は、人類史上ないんだし。

しかし今の高齢者世代は、戦争を経験している人が多いため、「自分たちの世代は、ものすごく凄まじく苦労した」という思いが強く(また「戦争のせいで苦労した」というのは事実だし)、そのため、「自分たちの世代ばかりが割を食った」「それなのに後の世代は何の苦労も知らない」と思っている人が多い気がする。

しかししかし。
今の高齢者世代は、働き盛りの頃、高度経済成長も安定成長もバブル景気も経験した。
老後の社会保障的な意味でも、かなり報いられているのは事実……それこそ、人類史上、空前絶後の恵まれた世代だ。
(あくまで「老後の社会保障」ということに限れば、ですよ?)



「敬老の日に、何を暗いことを書いとるんだ」と思われるような流れになってますが、何を言いたいのかというと。

繰り返しになるようですが、「認知症になって記憶力はガタ落ちし、性格はものすごく攻撃的になったが、体はピンピンしている」という高齢者の世話を来る日も来る日もタダでやっている同居の家族にとっちゃ、「相手の人格を認め、対等な者同士として、忍耐強く接しましょう」なんてフレーズは何の意味もない、ということだけは、この超高齢社会・日本に住む者は、全員が認識していたほうがいい、ということは確かだと思う。

「敬老の日」が、本当の「敬老の日」に、つまり「老人を敬う気持ちを、自然に、素直に、思い出せる日」になるように、何かしらしないとね、ということです。
今じゃ「敬老の日」ってむしろ、「現役世代が、今後やってくる超々高齢社会・大介護時代を憂い、頭を抱え溜息をつく日」にどんどんなっている気がするので。


「『家族は支え合い、助け合うこと』という文言を憲法に盛り込む」とか息巻いている政治家の偉いセンセイなんかもいるようですが……頭の中、大丈夫ですかー?(汗)現状、見えてますかー?(汗)
関連記事




この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kojare.blog71.fc2.com/tb.php/4203-4f2fe8b4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。