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ココロとアタマに残るうた。~世の中は常にもがもな~

世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも

(よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのおぶねの つなでかなしも)



掲出歌は、少し前このブログで、大河ドラマ「平清盛」の感想記事の中でも取り上げた歌です……いや、それ以前に、「百人一首」にも選ばれている、有名な歌です。

詠んだのは、鎌倉右大臣(かまくらうだいじん)こと源実朝(みなもとのさねとも)。
源頼朝と北条政子の間に生まれた人物で、鎌倉幕府の第3代征夷大将軍です。

歌の大意は、

「世の中は、いつまでも変わらないものであって欲しい。
漁夫が、小舟を引き綱で引きながら渚を行くその様子は、何とも言えず趣が深いものだ」

というようなものでしょうか。
(「かなし」は、現代語の「悲しい」の意味ではなく、「愛しい」の意味になります。)

この歌は、上の句と下の句が内容的にどうつながっているのかが今ひとつはっきりせず、学者さんたちにとっては、現代語訳するに当たって頭の痛い歌らしいですね……「渚漕ぐ海人の小舟」と「常にもがもな」がどう結びつくのかと。
私も「訳せ」と言われたら難儀するだろうなあ(ってか、今回、した(汗))。


だが。

今年の4月、松川浦を訪れた後しばらくして、思い当たったことがありました……去年の3.11の津波で甚大な被害のあった、福島県の松川浦を訪れた後に。
「渚漕ぐ海人の小舟」はおろか、港ごと、魚市場ごと、海水浴場ごと流され、何にもなくなってしまった松川浦を訪れた後に。
もともとそこ一帯にあった家屋の土台と、壊れた大量の船以外、何にもなかった松川浦を訪れた後に。

前にも載せましたが、こんなでした。

松川浦の光景・その1。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)



――実朝が生きていた時代、「渚で、海人が小舟を漕いでいる」なんてのは、取り立ててどうということのない、平凡な風景だったんでしょうね。

――そしてそれは、松川浦の、漁船がたくさん停泊していたり、魚市場が営業されていたり、夏には海水浴場が賑わっていたりしていた風景も、同じようなものだった気がする。

去年の3.11以来、「何でもない日常がずっと続くことこそが、幸せということなのかも」とは、被災地以外に住む人たちこそが、しみじみ思ったんじゃないでしょうか。

幼い頃から政争の渦中にい続けた実朝も、「何でもない日常がずっと続くことこそが、幸せということだ」と思って、掲出歌を詠んだのかも知れない。
「兄の頼家が追放されたのち、12歳で将軍となった」「妻は娶ったが子はないまま、満26歳で甥に暗殺された」という実朝の生涯を思い出しつつこの歌を読み返すと、なお、そんな気がする。


ただ、もともと難しい時代に難しい立場に生まれ、それゆえに非業の死を遂げた実朝には、「何でもない日常がずっと続く幸せ」は許されないものでしたが。

あの3.11とその後に続く日々の中で「何でもない日常がずっと続く幸せ」をいちど破壊されても、その中を生き抜き、そして今生きている人には、「何でもない日常がずっと続く幸せ」を取り戻す余地は、まだまだ、充分、ある……あるはず、あると信じている私は。

(もちろん、「まだまだ、充分、ある」からと言って、今現在苦しい人を待たせておいていいわけでは全然ないが。
これは、「被災しなかった者には、被災地・被災者の助けになれる余地がまだまだある」「少なくとも、今生きている者たち全員の寿命が尽きるくらいまでは、それは続くはず」という意味です。)



松川浦は、今年の4月に私が行った時は、「面影もない」って感じだったんですが。

その松川浦がもとの姿に戻ったら――いや完全に復元されないまでも、港や魚市場や海水浴場として、少しでもいいから機能するようになったら――その時は、昔海水浴場があったあたりへ、また行ってみようと思う。
私の記憶に「初めて行った海」として残っている、松川浦の海水浴場へ。

きっとその時私は、再生しつつある松川浦を前にして、「ずっとこんな感じの光景が見られますように」と……そう、「常にもがもな」と、思うんだろうな……と、今、思う。
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