こじゃれブログ

プロフィール

みつか

Author:みつか
FC2ブログへようこそ!



カテゴリー



最近の記事



最近のコメント



フリーエリア



最近のトラックバック



月別アーカイブ

MONTHLY



FC2カウンター



カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-



QRコード

QR



シチュー引きずり回し



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




NHK大河ドラマ「平清盛」の8月から10月あたりの(ざっくりした)感想。

記事タイトル通りですが、NHK大河ドラマ「平清盛」の、8月から10月あたりの、ざっくりした感想です。

唐突ですが。小泉純一郎氏が総理大臣時代、よく織田信長に例えられてましたけど……今思うと、平清盛のほうに近かったんじゃないのかなあ、「部下より一族を大事にする」あたりなんかゲホゲホ

この番組では、公家サイドは「ぽわんとした、輪郭が曖昧な、円形の眉」、武家サイドは「くっきりしたアーチ型(又は直線)の眉」ってのがトレードマークのようですが、それにしちゃ、公家の頂点である後白河上皇はずーっと「くっきりした直線の眉」ですね(笑)

途中で眉の形が変わる人もいましたけどね。例えば、重盛の正室・経子は、公家から嫁いできた頃は「ぽわんとした、輪郭が曖昧な、円形の眉」でしたけど、「武家の妻」になっていくにつれ、「くっきりしたアーチ型の眉」になっていきましたよね……あ、武家から公家に嫁いだ(ってか、上皇の妻になった)滋子は逆だったな。あの「ぽわんとした、輪郭が曖昧な、円形の眉」は、とても成海璃子には見えなかった(ってだから、「成海璃子」じゃなくて「滋子」だってば(笑))

その滋子も、ドラマの中じゃ死んじゃいましたけど……「享年35歳」だということで、「え、上皇といくつ離れてたんだ!?」と思ったら、15歳差だったそうで。けっこう年の差夫婦ですね

年の差夫婦といえば、高倉天皇と平徳子は、徳子が6歳年上だったとか(汗)。まあ「夫30歳、妻36歳」とかなら別に驚かないけど、この2人が結婚した時、高倉天皇は11歳、徳子は17歳(汗)。当然お互い初婚で、この年齢ってことは、露骨に「政略結婚」って感じだなあ

あー、でも、「源氏物語」の冷泉天皇は、「まだ自分が子供の年齢の頃、9歳年上の梅壷の女御を迎え、大人になってからもずっと寵愛した」って人物だから、当時としちゃ珍しいことでもないのかなあ

「源氏物語」はフィクションですけど、現実のほうでもそういう例はあるな。例えば、一条天皇の后として有名なのは定子と彰子ですけど、一条天皇は、自分が大人になってから迎えた年下の彰子より、自分が子供の頃に迎えた年上の定子のほうを寵愛し続けたっていうしなあ(ってか、「一条天皇と定子」こそが「冷泉天皇と梅壷の女御」のモデルか?)

「義朝の死後、常盤御前は清盛の側室にさせられ、やがて女の子を産んだ」というエピソードは、曖昧にしか描かれませんでしたね……まあそれをはっきり描いちゃったら、どんな理由をつけても、「清盛はひどい奴」って印象を与えちゃいますもんね

それに、この「常盤御前が清盛の娘を産んだ」ってこと自体、信憑性は怪しいとする説もあるそうですが……当時の女性なんて、名前すらはっきりわかってないことが多いですからねえ

ちなみに、清盛と常盤御前の間に生まれた(とされる)娘は、大河ドラマ2005年の大河ドラマ「義経」では「能子(よしこ)」という名前だったっけな、ゴマキが演じてた

更にちなみに、1993年から1995年にかけて放送された、人形劇の「平家物語」では、「常盤は清盛に対して、『私たち親子を助けたことによって、慈悲深い武士になったような気になるな』『私はあなたに借りを作るつもりはない』という意味を込めて、自分からその身を差し出した」みたいな解釈がされてたな……あれは斬新だった

この人形劇「平家物語」って、DVDボックスになってるんですね……これ
人形歴史スペクタクル 平家物語 完全版 DVD SPECIAL BOX人形歴史スペクタクル 平家物語 完全版 DVD SPECIAL BOX
(2006/02/24)
川本喜八郎

商品詳細を見る


↑NHKの人形劇って、いわゆる「声優」じゃない人が声を当てることが多いですが、この「平家物語」には、関俊彦高山みなみも出ているらしいです

義朝の正室・由良御前が亡くなり、保元の乱の後しばらくして義朝も死んだ頃、民放ドラマで玉木宏田中麗奈が共演していたのには吹いた、だって「玉木宏と田中麗奈」といえば、ついこの間まで「義朝と由良御前」だったじゃないか!(笑)

そうだ、「義朝も死んだ頃」で思い出した……これ、平治の乱のあたりを観た時から気になって仕方がなかったんだが……

平治の乱って冬じゃなかったか!?(汗)

源平合戦にはそれほど詳しくない私でも、あれには違和感を覚えたぞ!?(汗)何であんな、暑苦しそうな、埃っぽそうな川原で戦ってたんだ義朝と清盛!?(汗)

++++++++++++++++++++++++++++++
もう一つ書きたいネタがあったんですが、思いのほか長くなりそうなので、別の記事に分けて書こうと思います。

本当は、来年の大河ドラマ「八重の桜」についても書きたいことがちょっとばかりあるんですが。(←気が早い早い(笑))
関連記事




この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kojare.blog71.fc2.com/tb.php/3863-03e43910
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。