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ココロとアタマに残るうた。~侵攻はレイプに似つつ~

侵攻はレイプに似つつ八月の涸谷(ワジ)越えてきし砂にまみるる


掲出歌は、黒木三千代さんというお方によるものです。
「クウェートは私、じゅうりんされる国家」という詞書きがついた歌だそうです。

「クウェート」「八月」という単語からわかるように、この歌は、1990年8月の、イラクによるクウェート侵攻を歌ったものです。

そう、もう20年以上前の歌なんですが……。

掲出歌を思い出したことが、ここ1年半ほどの間に、2回ありました。

1回目は、2011年3月11日の午後3時台、仙台平野を飲み込んでいく津波の映像を、テレビで、リアルタイムで観てしまった時。

2回目は、「福島第一原発から、目に見えない放射能物質が拡散している」という事実を、目に見えるよう加工された絵で見た時。
「2回目」というより、これは今も続いてます。


レイプというのは、人間の悪意がものすごく極端に現れた行為の一つだと思うんですが、「地震」や「津波」は、人間の悪意の結果ではありませんよね。

でも……「怠慢」は?
「怠慢」というのは、広い意味での「悪意」じゃないのか?

福島第一原発の管理をしていた(はずの)東電に怠慢はなかった……と思っている人は、今となっては1人もいないと思う。
東電の偉い人の頭には、

「本社があるのは東京だ。
多数の原発を置いているのは、その東京から遠く離れた福島だ。
そこで働いているのも、多くは現地の人間だ。
万が一原発に何かがあって、そこで働いている人間や原発周辺の人間に影響が出ても、大したことじゃない」

という意識があったのは、残念ながら、間違いないだろうと思う。

「無意識レベルでなら、そういう思いもあったんじゃないか」と言われてしまうかも知れないが、その「無意識レベルの怠慢」こそが大問題だったはず。
意図的に手を抜いていたほうが、まだマシだったかも知れない。

「無意識レベル」といえば、「無関心」は?
「無関心」というのもまた、広い意味での「悪意」じゃないのか?
マザー・テレサだって「愛の反対は、憎しみではなく、無関心だ」と言ってるし。

マザー・テレサのこの言葉って、「ここで言われている愛とは何だ」という論点で語られることが多いけど、ここ1年半の間は、「無関心」のほうにどうしても意識が向くようになったなあ。

で……「無関心」の実態ってのは、「その相手を軽視するのが当たり前になっている」「その相手から恩恵を受けている(かも知れない)ことに無頓着」ってことがけっこう多いんじゃなかろうか。

そりゃ、芸能ニュースだの、最新グルメ情報だの、そういうものにまで全て関心を持てとは、私も流石に言わない(ってか、私自身が「無関心」だし(汗))。

だけど、
「自分が住んでいるのと同じ国に、自分が生きているのと同じ時代に、自分と同じ普通の一般人として生きている、人」
に関することに「無関心」なんだとしたら、それは
「その相手を軽視するのが当たり前になっている」
「その相手から恩恵を受けている(かも知れない)ことに無頓着」
ってことなんじゃないのか?


これは構造的な問題でもあるから、個人個人を責めるだけじゃ解決にならないんですけどね。
例えば……。

「福島の原発で作られた電気は、福島では使われず、首都圏に送られ、使われていた」という事実を、2011年3月まで、首都圏に住む人の大半は知らなかったようです。

これは、「福島出身・首都圏在住」の立場からすると、信じられない&耐えられないことなんですが……でも、「首都圏の人だって、知らされていなかったんだからしょうがない」と言われてしまえば、それもその通りなんですよね。

2011年3月まで、「首都圏+福島」に住んでいた者はほとんど全員が、

「危険な原発を抱えながら首都圏に電気を送っているのに、首都圏の人たちにはそれをほとんど知ってもらえない」

という立場か、

「危険な原発を遠い福島に抱えてもらいながら、それを知ることなく、電気を使い放題の暢気で気楽で便利な生活を送る」

のどっちかに所属することになってしまっていたわけです……好むと好まざるとに関わらず。
「構想的」というのは、そういう意味です……まあ、「1人残らず、どっちかに所属していた」わけではないですが、今となってはもう、そんなことはどうでもいいことになってしまったし。


電気を含め、インフラに関する「無関心」を少しでも改善するには……。
役所内や、企業内や、大型商業ビルなんかに、

「ここで使われている電気は、○○の火力発電所で作られ、送られてきています」

とか、

「この水道の蛇口から出る水は、××のダムから送られてきています」

とか書かれたステッカーやポスターを貼るとかすればいいのになあ、などと思ったんですが……それだと「テロを誘発する」とか「ステッカーやポスターを作るコストがあーだこーだ」とか何とかいう理由で、却下されちゃうのかな。



えー、この記事は、(掲出歌を再び引用しますが)

侵攻はレイプに似つつ八月の涸谷(ワジ)越えてきし砂にまみるる

という、黒木三千代さんというお方の歌をもとに書いたものです。

発災以来、それまで知っていた歌を、震災に絡めて思い出すことが多くなりました。
なので今後、そのいくつかを、載せていこうと思います……で、まずは「八月」という言葉が読み込まれているこの歌をば、「8月」の日付の記事として。
(去年の8月にも、この歌のことは書こうと思ったんですが、当時はまだまだメンタル的に無理だった。)



何にしても、3.11前から、食品については「どこ産だ」ということを気にする人は多かったですけど、電気に関しては全然そうじゃなかったんだなあ、と痛感してます。

発災直後もつらかったですが、最近は、周りの(首都圏の)人たちの、あまりの立ち直りの早さというか見事な忘却っぷりというか、そういう感じの言動をハタで見ていて聞いていて、内心めげそうになる、ということが多いです……これは、発災直後に比べ、増えてます。

「被災地出身&首都圏在住」で、そういう思いを持っている人、いっぱいいると思うんですが……そういう人同士で集まれる場でもあればいいのになあ……反原発デモなんかしない方向の。

(まーどうせああいうデモも、民主党政権が終われば自然消滅するんだろうけど……と、若干毒を吐いてこの記事を締めてみる。)
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