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東日本大震災から、1年と2ヶ月と4日。~沖縄返還から40年~

今日は、東日本大震災から、1年と2ヶ月と4日の日です。
そして、沖縄返還から40年の日でもあります。

何でこの二つを結びつけてと書くのかといいますと。

この二つには共通点があると思うから。


かたや、首都圏で使われる電気を作り送るため、3.11の前から「一触即発の危険運転」のような原発稼動を続けてきた、福島を擁する東北。
かたや、「在日」米軍基地が集中している沖縄。

片方を思うときはどうしたって、もう片方を思わないわけにはいかない。
このブログでも、「福島と沖縄は似ているところがある、と、今までも思ったことがあった」みたいなことを、去年の3.11後に、書いたかも知れない。

で、ここしばらく、「沖縄復帰40年」についての記事を新聞で見たり、ニュースをテレビで観たりしまして、沖縄よりは福島に近い身の上として思ったのは……(これ、打ったそばから天罰が下りそうなことなんだけど……)。

「沖縄は福島と違って、相手が人間だ。
相手が人間なら、交渉の余地があるだけ、マシじゃないか。

それに、どんなに強大な国の強固な軍事組織だって、1000年も1万年も続きゃしないよ」


ということ。



これ、言うまでもなく、福島の暴走原発が放っている放射性物質が、本当に、何千年も消えない、すんごく危険なものだとしたら……の話ですけどね。
放射性物質には未知の部分が多すぎるのに対して、沖縄で米軍基地がもたらしているのは、現地のお方たちにとっては明らかに「負」の面が強いであろうから、今のところ「沖縄のほうがマシ」なんて正気で言える状態じゃないことは、もちろんわかってます。

そんなことを、ここしばらく考えてたんですが……。

先日、福島のある地域の広報みたいなものが送られてきたんですが、その中に、福島県の中通りに住んでいる知り合いのエッセイが載っておりまして。
それを読んで、ドキリとなりました。

福島の原発禍について触れている文章の中に、

中通り会津(つまり原発のある浜通り以外の地)に住んでいる者は、(自分を含め)たとえ福島県民でも、浜通りの人たちを犠牲にし続けていたんだ、今もしているんだ
自分を含め、人はもっと、『自分は、他の誰かに犠牲と負担を強いて、今の自分の快適な生活がある』ということを自覚したほうがいい。(原発以外のことでも)

という一節があったから。

私などどうしても、

「福島の原発の問題は、首都圏VS福島の問題だ」
「福島は首都圏の犠牲になった、今もなっている」


と思いがちなんですが……。

でも、皆さんご存知のように、福島県は広い。
(そして、これはあんまり知られてないかも知れませんが、福島県は、北海道、岩手に次いで、全国で3番目に広い道府県なのです。)

だから、同じ福島県内でも、
「浜通り以外の地域が、浜通りに、負担を強いていた」
って面は、確かにあったはず……少なくとも、全くなかったわけがない。

そしてこの私は、浜通りに親族が多く、小さい頃から何度も浜通りを訪れたことがあり、浜通りに深い親しみは感じているものの……私自身は、生まれも育ちも浜通りではない。

ということは、
「この私も、浜通りに犠牲と負担を強いていた側だ」
という見方だって、もちろんできるわけだ。



「自分は被害者の側だ」とか「自分はそもそも無関係だ」とか思っている時に、

「お前はある意味加害者だ、それに気付いていないだけだ」

と言われれば、そりゃ誰だってびっくりするはず。
次の瞬間は、不快にも、まあ当然、なるだろう。

でも、
「びっくりして、動揺して、不快になって、そして次には逆上してブチ切れて、相手を罵り倒す」
という行動だけは取らないでいられる冷静さとか客観性とかは、持っていたいもんだと思う……そしてヒトサマたちにも、持っていていただきたいものだと思う、切に。

それに。
「びっくりして、動揺して、(中略)相手を罵り倒す」
という行動を取る人は、本当のところは、ほんの少しでも、後ろめたい気持ちがあるのかも知れない……だからこそ、「動揺して、(中略)相手を罵り倒す」となるのかも知れない。
「きれいさっぱり、100%、自分とは無関係だ」と思っている人は、「え?」「は?」「何の話?」、きょとん、となるだけで、「動揺して、(中略)相手を罵り倒す」なんて、ならないのかも知れない。

まあだからと言って、原発の問題であれ何の問題であれ、「動揺して、(中略)相手を罵り倒す」という行動パターンの人と、積極的に関わりたいとはあんまり思いませんけどね……そんなエネルギーがあったら、原発禍に苦しむ地域のため、人たちのため、じかに使いたい。

何だか最近、「原発の問題」ってのが、
「暇をもてあましているインテリたちの知的ゲームのネタ」
になりつつある気がするんですよね……生身の人間がどんどん置き去りにされている、という感じが。

「原発の問題は、イデオロギーや概念の問題じゃない、ましてや宗教論争紛いの議論の材料でもない」ってことを多くのお方に思い出していただくためには……

原発について語るときは、
『どこの生まれか』
『どこの育ちか』
『福島に住んだことがあるなら、それはいつからいつまでか』
『3.11の発災まで福島に住んでいた者であるなら、その後どうしたか。避難したか、福島にとどまったか』
『親族が原発関係の仕事をしているか、あるいは、していたか』
『今現在、福島に親族はいるか』
みたいな質問に、ひと通り答えてからにするものとする

とかいうルールでも作るしかないのかな。
ほんと、「他人事」と思うか「我が事」と思うかで、悲しいくらい、そしておかしいくらい噛み合わなくなるのが、この問題だから。



――沖縄の話からほぼ完全に逸れたので(汗)、最後に戻そう。

今、これを読んでいるところなんですが。
福島原発の真実の表紙。
(※写真クリックで少し大きくなります。)
アマゾンでも扱ってます→「福島原発の真実 (平凡社新書)」。

次は、これを読んでみようと思ってます。
犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)
(2012/01/17)
高橋 哲哉

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「福島と沖縄は似ているところがある」という私の思いにぴったりなタイトルだし。

――このタイトルにこそ神経を逆撫でされる人も、多いのかも知れませんけどね(汗)。
まあ、あんまり人目につかない場所で読むことにしますよ。

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