こじゃれブログ

プロフィール

みつか

Author:みつか
FC2ブログへようこそ!



カテゴリー



最近の記事



最近のコメント



フリーエリア



最近のトラックバック



月別アーカイブ

MONTHLY



FC2カウンター



カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-



QRコード

QR



シチュー引きずり回し



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




東日本大震災から、7ヶ月と30日。~はじめまして第五福竜丸~

ずいぶん前ですが、この歌に出会いました。


核時代の古き哀しき墳(つか)として第五福竜丸が夢の島にある


歌人の高野公彦氏の作品です。
高野氏は現在、朝日歌壇の選者をなさっているお方なので、お名前に見覚えのあるお方も多いのでは?

さて、この歌が載っている歌集が発行されたのは、確か20年くらい前。
なので、私がこの歌に出会ったのは、それより後であることは確実なんですが……。

だとしても、この歌に出会ってから、歌中に詠まれている第五福竜丸に会いに行くまで、あれこれ思いつつ、10年以上が経ってしまっていたようです。

そんなわけで先日、東京都江東区は夢の島へ、第五福竜丸を訪ねてまいりました。

++++++++++++++++++++++++++++++
新木場駅で降りて、第五福竜丸展示館まで、25分か30分くらい歩いたかな?
夢の島公園に入ってからも、けっこう歩くんですよ……また、園内のいろんな植物を写真に撮っていたら、しょっちゅう足が止まってしまって(汗)。
その植物たちの写真は、後でまた、別の記事で載せようと思います。


で、辿り着いたのが、ここ。
2011・第五福竜丸展示館の表示板・その1。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)

2011・第五福竜丸展示館の表示板・その2。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)

※ここの展示館の入場は無料です。

↑この表示板には、第五福竜丸についての、簡単な説明が記されています。

++++++++++++++++++++++++++++++
あ、話が若干前後するようですが、そもそも第五福竜丸に起きた出来事とは何なのかというと……。

Wikiの紹介のうち、最初の部分を丸写しさせてもらうと、

<当時の第五福竜丸第五福竜丸(第五福龍丸、だいごふくりゅうまる)は、1954年3月1日に、アメリカ軍の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物(いわゆる死の灰)を浴びた、遠洋マグロ漁船の船名である。無線長だった久保山愛吉がこの半年後の9月23日に死亡した。>

というものなのです。

++++++++++++++++++++++++++++++
展示館は、「ハコを作ってから船を入れた」というよりは、「船を置いてから周りを覆っていった」という感じの形でした。
マストを包み込んでいる部分が、外から見ると、三角形の頂点のように尖っているのです。
このあたりの写真も、Wikiに載っています。

外から見ると狭そうに見えたのですが、中に入ってみたら、それほど狭くもなかったです。
――訪れていた人があんまりいなかったから、ってこともあったんでしょうけど(汗)。

でも、館内には、ここを見学に訪れた小学生や中学生たちが折ったという折鶴や、書き残したメッセージカードが、いっぱいありました。

3.11以降の日付のものも、僅かですが、ありました。


で、第五福竜丸の模型や、焼津港帰港時に採集された「死の灰」のサンプルや、当時の新聞記事などをひと通り見た後、目的の第五福竜丸を、じっくり見てみました。

2011・第五福竜丸・その4。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)
↑見上げる角度で。

2011・第五福竜丸・その2。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)
↑やや下から。

2011・第五福竜丸・その3。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)
↑真横から。

船の横には階段があって、甲板をやや上から見下ろせる高さまで上ることができます。

2011・第五福竜丸・その1。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)
↑甲板の上。(海亀のオブジェ(?)が置かれています。)

第五福竜丸といえば、私にとっては「時代の生き証人」のような船。
なのに、一般人の私が、その「生き証人」をあんなに近くに見ることも触ることもできた、という事実が、何だか信じられない気もしました……。

++++++++++++++++++++++++++++++
館内のガイドのお方や、ここの売店のようなコーナーのお方と少し話したところ、1人のお方が「会津出身です」とのことでした。
で、私が第五福竜丸をテーマにした『ラッキー・ドラゴン・シリーズ』って連作が、福島県立美術館にありますよねと言ったら、流石、そのお方はご存知でした。

↓この売店コーナーで買った、久保山愛吉さん――第五福竜丸の無線長だった――の言葉が記された栞です。
久保山愛吉さんの言葉の栞。
(※写真クリックで少し大きくなります。)
「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」と書かれています。
押し葉は、展示館の周りの植物の葉っぱだそうです。
(葉っぱバージョンじゃなく、花バージョンのものもありました。)

↓この栞を入れてもらった袋。
第五福竜丸のスタンプ。
(※写真クリックで少し大きくなります。)
↑言うまでもないですが、第五福竜丸の姿です。


他にも、乗組員のお方が書き残した文章をもとに作られた小冊子を、何冊か買いました……コピーしたものを綴じただけの作りだったので、決して高いものではなく、1冊あたり100円とか、そんな感じのものばかりでしたが。

――あ、ほとんど全部を読める状態で見本は出ていたんですが、持ち帰ってじっくり読みたくて……また、読んでいる途中で泣きそうな気がしたので。


その何冊かの小冊子の中では、第五福竜丸漁労長だった見崎吉男さんがお書きの、
「無条件で私は叫ぶ、そして悲憤の涙を流す……」
という文章を、今、何度も読み返しているところです。
A4サイズに2段組の、約5ページの文章です。

1954年(昭和29年)6月に書かれた文章ですが……60年近くも前の事象についての記述とは思えなかった部分を、何箇所か、引用します。


+++↓↓ここから引用↓↓+++++++++++++++++

 我々に与えた精神的打撃は、はかり知れないものがある。これを安く評価し、また無視するようなことは、絶対出来ないことを強調する。

++++++++++++++++++++++++++++++

我々は現在、多くの人々の好意と当局のご尽力により、我々の心配はうすらぎ家族も一応、生活の不安から救われている。ただし、我々はいつまでも人に情けをかけられていることは、たまらない苦しさである。

++++++++++++++++++++++++++++++

我々は補償金といえる金を突きつけられることは、最もこのましくないことである。我々は自分の力で立って、自分の力で生活したい。その時の助力を補償として頂きたい。

+++↑↑ここまで引用↑↑+++++++++++++++++



福竜丸が焼津港を出港したのが1954年(昭和29年)1月22日、被爆したのが同年3月1日、帰港したのが3月14日。

その約2ヵ月後の5月18日、焼津の町の人々の様子を取材したテレビ番組が放送されたそうです。
被爆した見崎さんは東京の病院で、やはり共に福竜丸に乗っていて被爆した乗組員の方々と同じ病室で、このテレビ番組をご覧になったらしいのですが……。

その時起きたある出来事も、書かれています。

そのテレビ番組の中では、1人の女性に、マイクとカメラが向けられたようです。
見崎さんが「焼津の一人の娘さん」「美しい立派な娘さん」と描写しているこの女性の発した言葉を巡って、見崎さんは思いを綴り、この文章を締め括っています。

+++↓↓ここから引用↓↓+++++++++++++++++

この娘さんは福竜丸事件に対し、どんなことを思い、どんな話をするだろう。大きくクローズアップされているこの娘さんに我々は注目した。
「私は船員さんとは絶対結婚したくない」突然に打ちのめされた。そして、病室はさらにさらに静かになった。
 私は彼等と共に病室にいるのが苦しくなった。私の最も心配している痛い所をついた一言であった。けっして私はこの娘をにくらしいとも、また言動をせめようとする者でもありません。むしろ、この娘さんの心境の方が正しいものだろうと思います。ただし、我々にとってはこの話を路上の挿話として聞きのがすことの出来ない何かを感じとり、将来の生き方について、また傷ついた若い命の前途が思いやられてならない。
  暗い未来を考えないこと。
  微笑を忘れないこと。
を私は強調し、私達は静寂なる人生を愛し、ご心配いて下さる多くの人々に対し、一日も早く期待にそいたい。


+++↑↑ここまで引用↑↑+++++++++++++++++


この

 暗い未来を考えないこと。
 微笑を忘れないこと。

の部分が、かなり衝撃でした。

この福竜丸を見にいく前に、私は「東日本大震災から、半年。~「思いやり」「心遣い」は、いらない~」なんていう記事を書いてたんですが……。

この記事の中で私は、

今まで福島と無縁だった人は、今は『放射能怖い怖い』とか『暴走した原発危ない危ない』とか『被曝した子供が心配だ心配だ』とかいうことは、マイナスの気持ちしかないのなら、プラスのエネルギーを持てない気持ちでいるのなら、いっそ書かないで欲しいし、言わないで欲しい。

たとえそれが『思いやり』や『心遣い』の言葉のつもりであっても。

福島と無縁の人が、マイナスの気持ちで発する『放射能怖い怖い』とか『暴走した原発危ない危ない』とか『被曝した子供が心配だ心配だ』とかの言葉は、福島とつながる者にとっては、『思いやり』や『心遣い』の言葉ではなく、新たなダメージとしてしか感じられないことのほうが多いと思う

みたいなことを書いていたんですよ。

この記事を書いた時は、なかなか上手い言い回しが見つからず、こんな感じで長々くどくどと書いてしまったんですが……その長ったらしい文をもって言いたかったことは、まさに、

 暗い未来を考えないこと。
 微笑を忘れないこと。

ということだったような気がします。


++++++++++++++++++++++++++++++
冒頭の短歌に戻ってみます。


核時代の古き哀しき墳(つか)として第五福竜丸が夢の島にある


「核時代」は決して「古き」ものなんかにはなっていなかったんだ、ということを今、苦い思いで感じています……。

いや、よく考えると……。

原発を抱える地域を、子供の頃から何度も訪れたことがあり(※親族がその近くにたくさん住んでいるので)、第五福竜丸を題材にした「ラッキー・ドラゴン」シリーズを何度も見た身としては、核時代とか、『原子力の怖い面』とかって、本当に、昔のものや過去のものに、なり切ったのか?ということも、この歌に出会った後も何度か、チラッとですが、思ったんですけどね……。

そして現在。

夢の島公園に展示されている第五福竜丸は、「核時代の」「哀しき墳(つか)」ではあったが、残念なことに、やっぱり決して「古き」ものではなかったんだ……としか、今は思えません。

あー、でも……。

逆に言うと、第五福竜丸を「古き」ものにしてはいけないのかも知れない。
第五福竜丸なんて「古き」ものだ、昔のものだ、もう過ぎ去った、二度と現れはしないものだ……と思った瞬間から、その人は、次の第五福竜丸を作り出す片棒を担いでしまっているのかも知れない。



あー、書いてるそばから暗くなりそうだ(汗)……ヒトサマには「暗いことを言うな書くな」とか書いておきながら(汗)。

でも何であれ、このたび第五福竜丸を見に行ってよかったと思うことは、

 暗い未来を考えないこと。
 微笑を忘れないこと。

という、この言葉に出会えたこと。

暴走原発を抱えてしまった福島を「もう駄目だもう駄目だ」「絶望だ絶望だ」と言う人は、たくさんいる。
確かに、もう駄目で絶望なのかも知れないが、でも同時に、駄目でもなく絶望でもないのかも知れない、それは誰にもわからない。
駄目でもなく絶望でもないのかも知れないのだから、福島のため、できる限りのことをする、ただそれだけのことだ。

 暗い未来を考えないこと。
 微笑を忘れないこと。

この言葉を、頭に心に新しく刻んで、震災後のこの国のこの時代を、私なりに生きていこうと思う。
暗い考えに捕らわれたり、頭の中が混乱してパニックになったりしそうなときほど、このシンプルなフレーズに立ち返ろうと思う。

++++++++++++++++++++++++++++++
このブログでも何回か載せてますが、これ、展示館の売店にも置かれてました。
ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸
(2006/09/26)
アーサー・ビナード

商品詳細を見る


今となっては、第五福竜丸を取り上げた本って意外と少ないようなんですが、その中にあって、一般の書店でも、これは比較的入手しやすい1冊です。

あとは、ベン・シャーンの画集にも、第五福竜丸を取り上げた絵が載っていることが多いです……言うまでもないですが、「ラッキー・ドラゴン・シリーズ」というのがそれです。

「原子力の負の面」といえば、日本では「広島に落とされた原爆」「長崎に落とされた原爆」「チェルノブイリ」「スリーマイル」、そして今は「福島での原発トラブル」ばかりがクローズアップされていますけど……。
その狭間に落ちたような形になっている「第五福竜丸」も、もっともっと注目されなきゃいけないものだろ、と思います……注目されて欲しい、と、切望します。


そして、「ビキニ」という言葉を聞いたときに「ニヤニヤ笑う」以外の反応もできる人が増えて欲しい、とも、思います……ってこれ、場違いなようだけど、以前からどこかでどーしても書いておきたかったので!(汗)
何のことだかわからないお方は、各自宿題!(汗)

関連記事




この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kojare.blog71.fc2.com/tb.php/3468-6a4b47e4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。