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NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」第10回「わかれ」の感想。

いきなりですが、ゲームソフト「戦国BASARA2 英雄外伝(HEROES)」の主題歌「BLADE CHORD」の締めの部分に、
「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の夢」
という歌詞がありますが……。

これ、お市の辞世の句である
「さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の別れをさそふほととぎすかな」
から本歌取り(?)したものだったんですね!
歌詞の中で、ここだけがちょっと異色だったもので、「どこかで見たフレーズだなー」と思いつつ、最近まで放っておいたんですが(調べんか私(汗))、やっとわかった!

ちなみにこの「BLADE CHORD」の中には、同じメロディに乗った違う歌詞がもう1ヵ所あるんですが、その歌詞は、
「露と落ち 露と消えにし 夢もまた夢」
こっちは流石に、何から採ったか――誰の辞世の句か――はすぐわかりましたよ(汗)。

しかし、よりによってこの2人の和歌を、同じ曲の中で、同じメロディに乗せて使うとは、なあ……お市(実在したほうの)には、酷かも知れないな(汗)。


では、第10回「わかれ」の感想をば。




++++++++++++++++++++++++++++++
第10回「わかれ」の感想:

以前、おねが江に、秀吉のことを、「好きになるのに理由は要りません」と言ってたけど……嫌いになるのにも、理由は要らないのかも知れない(汗)。

そして、お市が秀吉に対して持ってた感情って、「嫌いになるのに理由は要らない」というものだったのかも知れない(汗)。
お市の最期って、秀吉に対して
アンタの囲われ者になるくらいなら、他の男と一緒に死んでやる
と言ってるとしか思えないような行動だし……(史実でも、いろんなフィクションでも)。

そして、お市の最期も、秀吉に対する相当な当てつけだと思うけど、のちに茶々がしたことは、
身はこいつの囲われ者になるけど、こいつ以外の男の子供を産んで、その子をこいつの子として遇させてみせる
ってことですよね。(※私はその説を採りたいのです。)
これはこれで、けっこう遠大な復讐計画だよなあ。

そういえば『金田一少年の事件簿』に、そんな感じのエピソードがあったっけ……あのエピソードにも、「3人の娘」が登場したな。

++++++++++++++++++++++++++++++
さて、お市ってのは、女性の書き手にとっては、
自らの意志と決断と責任に基づいて行動する、現代的な女性像」
を投影したいことが多い人物なのに対して、男性の書き手にとっては、
自らも確かに運命に翻弄されるが、同時に、周囲の人間たちをも破滅へと導いていく、戦国時代随一のファム・ファタール」
としてとことん解釈したい人物なのかもなー……そして、この「書き手」というのは、「読み手」「視聴者」に置き換えることも可。

だから、極めて現代的な女性像が投影されたこの「江~姫たちの戦国~」のお市は、視聴者の共感を広く集める役とはいかなかったかも知れない。

そうだ、お市という人物を描くには、某ゲームソフトのシリーズのように、「ごめんなさい……みんな、市のせい……」とか言わせてめそめそ泣かせておいたほうが、意外とどこからも文句は来ないものなのかも知れない(笑)……まあ、誰かが1度使ったら、2度は使えない手だけど(笑)。

++++++++++++++++++++++++++++++
お市が、長政のことを回想しているシーンで思ったこと。

男性には、
1人の女性にとって、自分が『最初の夫』であるか、『2人目(以降)の夫』であるか
によって、自分が死ぬ時や死んだ後に、あるいは女性のほうの死の間際に、その女性に望むことって、全然違うんじゃないか、って気がしました……いや、「男性には」は言い過ぎか、「一部の男性には」程度にしておくか。

世の男性には、
自分が先に死んでしばらくしたら、妻がまだ若いなら、誰か別の、良い相手と巡り会って、再婚して、その相手と幸せになって欲しい
と思って欲しいもんだけど、でも、
俺が死んだら、妻には再婚なんて絶対許さん、尼になって欲しい、ってか、いっそ、俺の後を追って死んで欲しい
みたいに思う男性も、確実に一定数、いるみたいだしなあ(汗)。

んで、後者のタイプが「最初の夫」の立場なら、あの世で女房の奴、何で再婚なんてしやがった(怒)と思うだろうし、「2人目(以降)の夫」の立場なら、死を覚悟した妻に対して、この期に及んで、何で前の亭主のことなんて思い出してるんだこいつ(怒)と思うんだろうなあ……あー、嫉妬深い男は嫌だ嫌だ(って、ドラマの感想に戻らんか私(笑))。

++++++++++++++++++++++++++++++
お市と勝家が辞世の句を詠み合うシーンは、本編の中では、なかったですね……これ、やって欲しかったな……。
2002年の「利家とまつ」では、詠むシーン、あったように記憶しているが。

お市の辞世の句は、(冒頭でも書きましたが)
「さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の別れをさそふほととぎすかな」
(さらぬだに うちぬるほども なつのよの わかれをさそう ほととぎすかな)。

大意は、
ただでさえ夏の夜は短いというのに、ほら、あのように、ほととぎすが呼んでいる。どうやら、そろそろお別れの時のようです
という感じかな?

勝家の辞世の句は、
「夏の夜の夢路はかなき跡の名を雲居にあげよ山ほととぎす」
(なつのよの ゆめじはかなき あとのなを くもいにあげよ やまほととぎす)。

こちらの大意は、
夏の夜のようにほんの短い間のことだったが、我らの生きた証を、どうか雲の高みまで届けておくれ、ほととぎすよ
というような感じでしょうか。


2人が共に使っている言葉は「夏の夜」「ほととぎす」
和歌では、「夏の夜」は「短い時間」の、「ほととぎす」は「死者の魂や言葉を運ぶもの」の比喩としてよく使われる言葉です。


「夏の夜」という言葉が使われている和歌の中でいちばん有名なのは、やっぱり、

「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ」
(なつのよは まだよいながら あけぬるを くものいづこに つきやどるらん)

かなあ……百人一首に収録されている、清原深養父(きよはらのふかやぶ)の和歌です。

夏の夜は(とても短いので)まだ宵の時分だと思っていたら、もう夜が明けてしまった。月は(西の山に沈んでいる時間もなかっただろう、)いったい雲のどこのあたりに宿っているのだろう
というような意味です。
(ちなみに、この清原深養父というのは、清少納言の曽祖父である人物です。)


そして「ほととぎす」を読み込んだ和歌でいちばん有名なものは……駄目だ絞り切れん、いっぱいあり過ぎる(汗)。
とりあえず、私が覚えている和歌の中で印象深いのは、弓削皇子(ゆげのみこ)と額田王(ぬかたのおおきみ)が贈り合った歌かな。

弓削皇子が額田王に贈った歌は、

「古に恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く」
(いにしえに こうるとりかも ゆづるはの みいのうえより なきわたりゆく)

です。
(※「ほととぎす」という言葉は、直接は使われていませんが。)
大意は、昔を慕う鳥だろうか、ゆずり葉の御井の上から、鳴いて飛んでゆくあの鳥はというようなもの。

で、額田王が返した歌が、

「古に恋ふらむ鳥はほととぎすけだしや鳴きし我が思へるごと」
(いにしえに こうらんとりは ほととぎす けだしやなきし わがもえるごと)

です。
大意は、昔を恋い慕うという鳥はほととぎすです。多分鳴いたでしょうね、私が昔のことを恋い慕っているようにという感じ。


で、勝家とお市のことに戻ります。

勝家とお市の結婚生活は、1年足らず
そしてお市の享年は、確か36歳くらい。

それを思い出しつつ、清原深養父の夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむという歌を読むと、

お市は、自分の辞世の句の『夏の夜』という言葉には、
『悩み苦しむことも多かったが、そんな自分の一生も、あっという間だった。決して長くはない人生だったが、自分は精一杯生きた』
という意味を込めたのかな

という気がしてきました。

そうだ、「人生の短さを詠じた」という点では、兄の信長と似てるかも知れない。


そして、勝家がこれから黄泉の国に向かう自分とお市の、その生きた証をほととぎすに託しているのに対し、お市がほととぎすに託しているのは、もっと広い範囲の人たちの、その生きた証のような気がします……それこそ、前夫の長政のことを堂々と詠み込んでいるようにも、解釈できるかも知れません。
だって、「別れをさそふほととぎすかな」ですよ?

そして、お市がこんな辞世の句を詠めたということは、勝家は、この期に及んで、何で前の亭主のことなんて思い出してるんだこいつ(怒)なんて思うタイプの男性ではなかったんでしょうね……そこのあたりに、何だかほっとしてしまいました……(そりゃトンデモ解釈かも知れないけどさ(汗))。

++++++++++++++++++++++++++++++
えー、他に思ったことを断片的に挙げてみると……。

前にも書きましたが……。柴田勝家の、お市以外の他の妻や、その妻たちが産んだ子たちのことは、最後まで、その影すら描かれませんでしたね(汗)、まあこれはしょうがないか(汗)

でも、勝家は秀吉に敗れて死んじゃったけど、柴田家は滅んだわけではないんですよね。浅井長政の場合は、息子たち(※産んだのは市ではなく、側室の女性とされる)は全員処刑又は出家させられたので、浅井家の男系は断絶したが、勝家の息子たちのうち少なくとも1人は出家させられることもなく生き延びたので、柴田家の男系は存続しているのです(のはずです)

勝家の言った「じかに斬り合わずとも、戦場に身を置くだけで兵は疲れる」って言葉はその通りだと思う。別に大した仕事してなくても、会社という場所にいるだけで神経はすり減るのと同じだ。(同じか?(汗))

お市が、茶々には「浅井の誇りを忘れるな」、初には「姉と妹の絆となってつなぎとめよ」、江には「織田の誇りを忘れるな」と言い残したのは、なかなか端的で良いメッセージだったと思う……特に、茶々に「浅井の誇りを忘れるな」と強調したところが良いです。ずっとのちに茶々は、息子の妻で姪でもある千姫を落城寸前の大坂城から逃がしますが、その時の茶々の頭にあったのは、「浅井の誇り」だったろう、と、私は思うので

でも、お市が初に「甘いものを食べ過ぎるでないぞ」と言ったところでは、『NARUTO』でアスマが死の間際に、チョウジに「少しダイエットしないとな…」と言ったのを思い出した、場違いにも(汗)

「私が死んだら、また、母上に会えまするか?」と問う江に、お市は「ああ、いちばんに会えるぞ」と答えていましたけど……この後に、「ただし、それは何十年も先のことじゃ。すぐ追ってきたりしたら許さぬぞ」みたいなことを付け加えて欲しかった(涙)、と思うのは、一視聴者の一方的な願望でしょうか(涙)

あと、このドラマでは、侍女たちがあまりにも頼りないシーンが多すぎる気がする(汗)。侍女という立場の者には、ちょっとくらいのことでは動じないでドンと構えていて欲しいもんだけど、主であるお市や三姉妹より先に動転して取り乱すことがあり過ぎだろ(汗)。まあ田渕サン、「しっかり者の侍女」は「篤姫」でもう充分書いちゃったから、イメージが被らないようにしている結果なのかも知れないけど

あー忘れてた、石田三成、出ましたね! 今後の登場頻度はどうなるのか、どんなキャラとして描かれるのか、楽しみです!

++++++++++++++++++++++++++++++
うおー、長いなこの記事、長すぎる!(汗)
しかも半分くらいが、ドラマと直接関係のない和歌のことだし!(汗)
直接関係のないことは、次からは別の記事にしようかな……(汗)。

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