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『NARUTO』に短歌はよく似合う。(その1)〜あらざらむこの世のほかの思ひ出に〜
あらざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな (あらざらん このよのほかの おもいでに いまひとたびの あうこともがな)
数ヶ月前から、「『NARUTO』のこのシーンって、あの短歌を思い出すな」とか、逆に「この短歌のシチュエーションって、『NARUTO』のあのエピソードに通じるな」とか思うことが増えてきたので、この「『NARUTO』に短歌はよく似合う」シリーズをスタートさせてみます。
この「あらざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな」は、和泉式部(いずみしきぶ)の歌です。 大意は、 「私はまもなく死ぬだろう。あの世へ携えていく思い出として、もう一度だけでいい、あなたに逢いたい」 というようなものです。 百人一首にも選ばれている歌なので、ご存知のお方も多いはず。 (第1回目の題材としてこんな超メジャーな歌を選んでいいのか、「珍解釈」ぶりが必要以上に目立っても知らんぞ自分、と思いつつ、思いついちゃったものはしょうがないという開き直りと共に、書いてみます!)
この短歌が誰を思い起こさせるのかというと、 「雨隠れの里へ潜入するため木ノ葉の里を発つ前、綱手を酒の席に誘った自来也」を、です。 (女性が詠んだ歌ですが、連想したのは男性キャラである自来也でした(笑)。例によってジェンダーフリーですこの漫画。)
あの回を読んだ時、私は実は、微かな違和感を覚えたのですよ。 その違和感は、突き詰めて考えてみたら、 「自来也はどうして、あと数時間待って、せめて夕方になってから、綱手を誘わなかったんだろう? ナルトたちは任務のためもう出発していたけど、自来也のほうは、別に一刻を争うような事態には見えなかったのに」とか、 「綱手は飲み過ぎて吐いてたが、自来也だって、吐くほどじゃないにしろ飲酒してるんだから、すぐに戦闘態勢に入れるような状態じゃなかっただろうに、何で次の朝まで、せめて夜半過ぎまで、出立を遅らせなかったんだろう? そもそも、何で場所を移した上、酒が必要だったんだろう?」 とか、そういうものでした。
で、「自来也はどうして、あと数時間待って、せめて夕方になってから綱手を誘わなかったんだろう?」「何で次の朝まで、せめて夜半過ぎまで、出立を遅らせなかったんだろう?」ってことについて、最近になってふと頭に浮かんだのは……。 堂々と酒が飲めるような「夕方」や「夜」の時間帯に突入していたら、自来也と綱手はその夜、正真正銘、「男女の仲」になっていたんじゃないか、ってことです。 それも多分、綱手のほうから求めるようにして。
そういうストーリーにならなかったのは、「少年誌だからそういうストーリー運びはまずい」ってことだけじゃなく、自来也が、それを避けたかったからだと思う。 何で避けたかったのかというと、思い当たる理由は二つ……(ここから妄想ギアが四速に入ります)。
一つめの理由は……ありきたりな言い方になりますが、自来也の「男としての意地」。
綱手は、自来也が向かおうとしている土地が危険な場所だということは知っていました。 それに加えて、あの酒の席が夜だったら、「これが今生の別れになるかも知れない」「これだけ自分のために尽力し続けてくれた自来也を、このまま送り出していいのか」という思いも手伝って、若い頃からの自来也の気持ちに応えるような行動を、自分から見せていたんじゃないかと思えるのです。
でも自来也のほうは、男としては「綱手が自分の思いに応えてくれたとしても、それが死出の旅へと向かう自分への餞(はなむけ)代わりのようなものや、半ば『償い』や『別離の前のけじめ、儀式』のようなものであるなら、そんな応えも餞もいらない」と思ったんじゃないでしょうか。 自来也が、酒の席を設けるのに昼の時間帯を選んだことも、「そん代わりワシが生きて帰ってきた時は…」と、本気の口説きのような言葉を言った直後に「ゲハハ 冗談だ冗談!」と笑いに紛らしていることも、「特別な餞などいらない」って気持ちがさせたものである気がします。
で、二つめの理由は……(少なからずぶっ飛んだ解釈かも知れませんが)……自来也の「綱手に対する、ささやかな復讐の気持ち」。
綱手が「生きて帰って来い…」「お前にまで死なれたら…私は…」と不安そうに言っているのを、自来也は「泣いてくれるのか? 嬉しいーのォ」「でもダンの時ほどじゃねーだろーのォ ワハハ」と混ぜっ返し、綱手は「馬鹿が!」と怒ったように、また呆れたように言うしかなくなります。
ここで自来也がわざわざダンの名前を持ち出しているのは、自来也の中では、ダンに対する対抗意識みたいなものが、未だに完全には消えていないからでしょう。 自来也はずっと、異性としての綱手を見る時、その背後に、必ずダンの姿が見えてしまっていたんだと思います。 そして、ダンが生きていた頃もその死後も、綱手が長きにわたってその心をダンに捧げたままであったことを……やっぱり、完全に割り切ったり、受け入れたりはしていなかったんでしょうね。
綱手の記憶の中では、ダンは「幸せな記憶と、つらく無念な思いの両方を自分に残して死んでいった、永遠の恋人」だと思われますが……。 そのダンと同じくらいの重みのある存在、「永遠の存在」になるためには、自分も綱手にとって「心残りのまま死に別れてしまった」という存在になるしかない……ということは、たとえ漠然とであっても、自来也はずっと前から思っていたんじゃないか、って気がするのです。
つまり自来也は、 「綱手の気の済むようにさせるよりは、綱手の心の中に自分が望む形で残ることを優先させてくれ、たとえ綱手の心に悔いが残ることになっても」 「綱手のれっきとした恋人だった別の男には敵わないまでも、自分も男として、綱手の心に、ほんの少しの爪痕を残したい」 と思っていた、ということです。 「ささやかな復讐」とは、そういう意味です。
『NARUTO』って漫画は、登場人物たちの「可愛さ余って憎さ百倍」という気持ちの表れだとしか思えないような言動があっちこっちに見られる漫画だと思うのですが(異性間でも、同性同士でも)、「自来也から綱手への言動」も、例外じゃなかったのではないか、って気がします。 まあ「憎さ百倍」とまではもちろん行かなかったものの、前述した「ささやかな復讐」くらいの気持ちがあった可能性は、かなり高いと思うのです。
(読者としてはもちろん、「ほんの少しの爪痕」「ささやかな復讐」で済むわけねーだろーが!とは思うのですが、それはあくまで、下忍時代からのチームメイトだったこの2人、“三忍”のうちのこの2人、「火影と補佐役」としての自来也と綱手を見ることが多かった読者だからこそ、そう思うのでありまして。 作品世界中での自来也は、綱手に対する「男としての想い」のスイッチを切ることは、最初から最後まで、なかったと思うのです。)
付け足しのようですが、「何で場所を移した上、酒が必要だったんだろう?」ってことについては、やっぱり自来也は、火影の執務室で「五代目火影」と「その補佐役」として綱手と事務的に話をするんじゃなく、のちのち綱手が「最後の晩餐」として思い出せるような場を設けたかったからでしょう。 まさに「今ひとたびの逢ふこともがな」です。
豪傑でありながら、同時に献身の人でもあった自来也の、最初で最後の「ささやかな、しかし本気の復讐」は、望む形では報われないと知りながら生涯かけて愛したたった1人の女性へ向けられたものだった……そんな気がするのです。
(この「『NARUTO』に短歌はよく似合う」シリーズ、軽い気持ちで始めてしまいましたが、けっこう大変だったこの記事をまとめるの……「その2」以降のネタも、アウトラインだけなら二つ三つストックがあるのですが、果たして記事としてまとめられるのか私!?)
(2008年6月30日追記:とりあえず、「その2」はまとめられました。これ↓です。)
『NARUTO』に短歌はよく似合う。(その2)〜これやこの一期のいのち〜に進む
テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック
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