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WJ9号『NARUTO』第386話「新たな光…!!」の感想。(その1)

皆さん、3年前のこの号(9号)から、原作第2部が始まったってこと、ご記憶だったでしょうか?
まさに光陰矢のごとし、英語でいうとTime flies.

(ちなみに、「光陰矢のごとし」を「Time flies like an arrow.」と直訳してはいけないそうです。
これだと、「時のハエたちは矢が好き」という、意味のわからないフレーズになってしまうとか(笑)。)

今週号を読んだ後は、仕事の合間合間に、頭に浮かんだネタをその都度メモっておきました。
こういうとき、デスクワークっていいですね。
これからも、クビにならない程度に、これを習慣にしていこうと思います。(コラーッ!!)

今週号は、自分が受けたインパクトが強烈だったせいか、駅とか電車の中とかで、WJを手に持って歩く人がやたら目に付きました。
JRのとある駅では、制服を着た駅員さんまでもがWJを持っていたように見えたので、「おお、今、休憩中なのか? それにしても堂々としてるな」と思ってよく見たら、それはWJではなくて、分厚い時刻表でした。
「人は皆思い込みの中で生きている」ってイタチ兄さん、アンタは正しい。

今週号のサブタイトルの「新たな光…!!」って、すごい希望に満ちた最終回のサブタイトルみたいですけど、中身はアレなんですよね……。
あと、扉絵のイタチがマニキュアをしていなかったことに「?」と思ったのですが、これ、まだうちはの者として里にいた頃を想定した絵だから、ですね。
服にも、うちはのマークが入ってますし(っていうか、普通はそっちを先に見るか(笑))。
私は最初てっきり、いつぞやのいのの耳のピアスのように、描き忘れられたのかと思ってしまったのですが(笑)。



さっさと感想部分に入らんか、と、自分でも思います、はい(笑)。



今週まず思ったのは、「『NARUTO』って、いつからこんな凝った作りの謎解き群像ドラマになったんだ!?」ということでした。
だって、去年の夏くらいから、ナルトのルーツといい、自来也とペインの戦いといい、うちは兄弟の対決といい、ナルトのいない場所でばかり、ものすごく劇的なエピソードが目白押しになってませんか?

主人公不在でもここまで一幕一幕が成立してしまうというのは、それだけ登場人物たちのキャラが立っている証拠だとは思うのですが……。
そうだとしても、作者視点のカメラがこうも何台もあると、誰が何をどこまで知っているのかを把握するのは、私にはもう無理です……(よろよろ)。



前の号の感想で私は、<『NARUTO』という作品には、かなり早い段階から、(中略)「九尾系の謎」(中略)と、(中略)「うちは系の謎」(中略)があるように思う>と書きましたが、はっきりそう思ったのは、うちは兄弟がリアルに再会したWJ1号の第380話「その面影…!!」を読んだ時です。
イタチが玉座(?)でふんぞり返っていた回です。もう2ヶ月近く前なんだな。ちょっと意外。)

そしてまた、あの回を読んだ時は同時に、「このうちは兄弟の対決の中で、イタチがまた何かしら衝撃の新事実を明かすんだろうけど、私はそれを検証できるほどの基礎ができていないだろうな(コミックス全巻を精読していないから(爆))」とも思いました。

私の手元にある原作って、「うずまき大巻」の1から4までと、コミックス『NARUTO (巻ノ27)』以降だけなのですよ。
前にも書きましたが、その間の部分は、漫画喫茶で斜め読みしただけなのです。
手元にない部分は、コミックスの巻数に換算すると、11冊分くらいかな?

でももうこの際、腹を括って、この11冊分くらいのコミックスも、近日中に買って、家でじっくり読み直そうかと思っています。
だって、この状態が続いた末に『NARUTO』が完結して、その後で「あの部分、先にもっと精読しておけば良かったああ!」と思っても、もう後の祭りですし。
こんなにのめり込める面白い作品には、生涯あと何作出会えるかわからないし、それを思えば、11冊×410円=4510円くらい、どうってことはない(はずだ)!
(実は今初めてリアルに金額を計算し、ちょっとだけ冷や汗が出た(笑)。)

ここ数週のうちは兄弟対決の部分がコミックスになる頃までには、ブランクを埋めて(=コミックスを買って精読して)、イタチやマダラを含め、うちは一族の謎についての感想だの考察だの妄想だのは、コミックス収録時に、その感想として書けたらいいかな。
その頃には、「万華鏡写輪眼を開眼する条件は、最も親しい友を殺すこと」とか「万華鏡写輪眼を開眼した者が3人揃ったらえらいことになる」(←うろ覚え)とかのことについても、もうちょっとは情報が頭に入っているはずだから。

(でももう、イタチについてかなり前に張られた伏線が、今週号で消化されてるみたいですね。
イタチがサスケに見せた「心の中のオレ」の一連のシーンの終わり近くにあるトーンのコマってあれ、けっこう前に描かれたものですもんね。)



さて、4ヶ月くらい前、私は今後の『NARUTO』に望むこととして、「これ以上、血縁ネタは増やさないでくれ」「誰かの血縁者を、重要人物として、ご新規で登場させないでくれ」というようなことを書いたのですが、そうか、「マダラの弟」ってのが出てきてしまったか……。

でも、4ヶ月くらい前、私は同時に、

<今まで『NARUTO』に出てきた後出しの血縁ネタの中で、重要なものって、「綱手は初代火影の孫だった」(中略)「四代目とナルトは親子だった」あたりだと思うのですが、これらの血縁ネタに「そんなご都合主義なー!」という印象がほとんどなかった理由は、「片方が既に故人だったから」「生き残ってるほうが、ずっと前から登場していた人物だったから」だと思うのです。>

とも書いていたのです。

奇しくも、マダラは「ずっと前から登場していた人物」ですし、マダラの弟は「既に故人」の可能性が高そうですし、すごい、私の許容範囲にちゃんと収まってくれそうなパターンで、血縁ネタが出てきました、助かった!
(ところで、マダラの弟の名前って何ていうんでしょうね。兄が「マダラ」だけに、弟は「ブチ」だとか……(まさか(笑))。)



イタチがサスケに言った「瞳のやりとりは一族間でしか行えない」というあの台詞、「カカシはとりあえず蚊帳の外」ってことを、言外に言っているんでしょうか。
(それも、サスケに対してというよりは、読者に対して、という感じがした(笑)。
「カカシファンの皆さん、心配するお気持ちはわかりますが、ここはとりあえず、このうちは兄弟対決に集中してください!」というような感じが(笑)。)

あと、イタチが「瞳のやりとりは一族間でしか行えない」に続けてわざわざ「それにこの方法で誰もが新しい力を手に出来るわけではない」と言ったあたりを聞くと、遺伝以外の理由(それこそ移植とか)で写輪眼を受け継いだ者は、カカシ以外にも、過去にいたのかも知れませんね。

もう何年も前のことになりますが、波の国編で、カカシは当時の3人の部下に、「オレのような特異体質の忍者が死んだら、その遺体は跡形もなく消し去られる」ってことを妙に力説していました(ように、私には見えた)が、あれって、かつて移植で写輪眼を受け継いだ者がいたことがあったから、って可能性もありますね。

(カカシ外伝について、「リンはあの極限状況で、よくあんな難しい手術ができたもんだ」というような感想はいろんなサイトで拝読しましたが、考えてみればオビトだって、あの極限状態でよくリンに「移植をしてくれ」なんて言葉が出てきたな、と思います。
「写輪眼移植」というのはもしかしたら、オビトの完全オリジナルのアイデアじゃなくて、そういう例が以前にもあったってことを、オビトは知っていたのかも。
もちろん、だからといって、あのエピソードの重みが薄れるとか、そういうことでは全然ないですよ?)



でもまあ(これも何回も書いていることですが)、イタチに関する情報や、イタチの言ったことって、所詮は「イタチ1人が言ったに過ぎないもの」がほとんどなんですよね。
それも、イタチがサスケだけに言ったものが多い。
だから、イタチがどんなに重要っぽいことや衝撃的なことを言っても、私から見ると「自称」とか「イタチ曰く」とかいう冠が取れないのですよ。
ここまで来てまだそんなことを言っていると、もうこの先の展開にはついていけない気が本気でしているんですが(笑)。



ラストのコマの、サスケの「やっと…たどり着いた」という台詞は、「イタチに距離的・物理的にたどり着いた」という意味よりは、「真相にたどり着いた」という意味なんでしょうね。
よく、「どんなにむごい事実でも、知らないよりは知ったほうがいい」といいますけど、ここで「やっと…たどり着いた」と言ったサスケの表情って、そういう雰囲気を感じさせました。
憎しみや怒りというよりは、落ち着いているというか、すべてのことが腑に落ちたというか、何だかどこか安堵の念さえ感じさせる表情だと思います。

「何か隠されている事実や真相がある」と当人が全然気づいていない時点では、誰かがわざわざ教えてやる必要はないんでしょうけど、当人が「自分に隠された、重要な秘密が何かしら絶対にある」と感づいてしまったら、それから先はもう、当人が気の済むまで真相を探ろうとし続けるのは、誰にも止められないんでしょうね。
サスケを見ていると、そう思いますよ。

それにしても、今更こんなことを言っても仕方ないんでしょうが、「うちは一族皆殺し」というあれだけの大事件があったのに、木ノ葉の里の上層部や大人たちは、それをちゃんと検証したのかな。
うちは一族皆殺しの件については、登場人物の誰もが「謎」とばかり言っていたようですけど、謎だ謎だばっかり言ってないで、里レベルでちゃんと調べて分析して、サスケのケアについても、もうちょっと心を配るべきだったよなあ。
「ある事件をタブー扱いして、そのタブーには一切触れない、知りたがっている子供にも教えない」ってあたり、現実世界でも起きていることなので、余計にやり切れないなあ、このあたりの経緯は。

サスケが里にいた頃、ナルトもサクラもカカシもサスケのことは、個人的なそれぞれの立場から精いっぱい愛したはずなんですけど、サスケにしてみれば、彼ら彼女らの気持ちを嬉しく思うことはあっても、「真相を知りたい」と切望する気持ちのほうに寄り添ってくれる人は、多分、1人もいなかったんでしょうね。

サスケは、6歳か7歳の頃から10年近く、「イタチが憎い」「イタチを殺してやる」「イタチに復讐する」の一念のみで突き動かされてきたつもりなんでしょうけど、その強い憎しみは、「真相を知っているのは兄イタチだけのはずだ。その兄に会って問い詰めて、真相が知りたい」という気持ちに裏打ちされていたはず。
その気持ちに寄り添って、真相究明のサポートをしてやれる者がいなかったのは、本当に悔やまれる……。

(私、ここしばらくの記事を振り返ってみたら、復讐者の心理分析ばっかりしているみたいなんですが、別に、私自身が誰かを殺すことと一族の復興を野望として掲げているわけではありませんので、ご心配なく(って誰もしてませんかそんな心配(笑))。)



イタチはマダラのことを、「今のマダラは負け犬だ…」と言ってますが、あのイタチの口から「負け犬」なんて言葉が出てきたことに、私は地味に驚きました。
(派手に驚いたのは、もちろん例のあの大コマ。)
うーん、あの人知を超えたところにずっとい続けたようなイタチにも、勝った負けたなんて概念があったんだな。

卑近な例で恐縮ですが、今まで私が会ったことのある人たちのうち、勉強でもスポーツでもお稽古事でも、はたまた容姿でも、ぶっちぎりで優れている人って、他人と比べて勝った負けたって、却って考えていなかったような印象があるんですが。
「戦う相手は自分自身だ」「いちばんの敵は、自分の油断や慢心だ」みたいな感じで。

私はこの期に及んでまだ「イタチの言うことは真に受けるな、話半分が基本だぞ」って気持ちを拭い切れていないのですが、その中にあって、イタチがマダラについて語った時のあの「負け犬」って言葉には、妙にリアリティを感じました。



うーむ、今週分は1回でまとめ切れるかと思ったが、無理らしい。
九尾についてまだ書きたいことがあるんです。
ってなわけで、「その2」へ続きます。


WJ9号『NARUTO』第386話「新たな光…!!」の感想。(その2)に進む



テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック


「今年最後の」とか「今年最初の」とか「今年も残すところ」とか。

今日(1月30日)は下弦の月でした。
今年最初の下弦の月です。

つい1ヶ月くらい前までは「今年最後の何とかかんとか」というニュースをいっぱい聞いたり読んだりしていたのに、それに比べると「今年最初の何とかかんとか」って、あんまりインパクトがないですね。
12月の頭頃に「今年最後の何とかかんとか」と言うと、「早め早めの準備をしている、手回しのいい奴」と思ってもらえそうだけど、1月も下旬になって「今年最初の何とかかんとか」と言っていると、「いつまで正月気分でいるんだ」って思われてしまいそうだからかな(笑)。

あー、そうだ、2月の頭頃になると、毎年、「今年も残すところあと11ヶ月となりましたが」っていうジャパニーズジョーク(?)が聞かれますが、今年もどこかで聞けるかな(笑)。




アニメ「NARUTO疾風伝」第44話「戦いの顛末」の感想。

今回は、朝、出かける支度をしていたら、「ウィーン、ガコン」とどこかで鈍い機械音がしました。
「何だ今の音?」と思ったら、ビデオデッキが予約録画を始めていてびっくり。
私、前の夜に、朝の7時30分夜の7時30分を間違えてセットしていたらしいです(笑)。
もちろんすぐ止めて、セットし直しましたよ。
あー、気づいて良かった。

でも結局、夜の7時半までには帰れたので、結果的には、朝に気づかなくても変わらなかったかも(笑)。
あと、「NARUTO疾風伝」のオンエア時間帯は、風が強くて窓がガタガタ言っていて、テレビの中の音声なのか、現実に吹き荒れている風の音なのかがわかりませんでした。


えーと、そんな前置きはどうでもいいとして。
今回音声がついて初めて実感したのは、「九尾化するプロセスより、人間の姿に戻るプロセスのほうが、ナルトは苦痛を感じるんだ」ということでした。
原作では、「ぐうう!!!」と「うがあああ!!!」の2コマだけだったからな。
でも、このシーン、アニメのナルトは本当に苦しそうだった(涙)。

ヤマトがサクラに「君はホントは…」と言ったところ、もうちょっと余韻を残して欲しかったけど、でもこのシーン、音楽が良かったから、全体の仕上がりは良しとしよう。
(次回にやるであろう、ヤマトがナルトに「サスケを助けたいなら君自身の力で助け出せ」と諭すシーンにどんな音楽が使われているかも楽しみです。)


ふと思ったのですが、サクラのもとにはヤマトの木分身が残って本体がナルトを追っていけば、ナルトが「小さな九尾」と化する前に止められたんじゃないのかな……あー、でも、サクラをカブトと一緒に残していくのは心配か。

じゃあ、木分身がもうちょっと早くナルトに追いついていたとしたら?
ナルトを九尾化させないだけの抑制をすることって、木分身にはできたのかな……うーむ、こっちも無理だった気がする。
以前、風影奪還の任務で、カカシがナルトに「オレから離れすぎるな!」と叫んでいたシーンがありましたが、この天地橋の任務でも、ナルトはヤマトと離れてはいけなかったんだな(というか、ヤマトがナルトと離れてはいけなかった、というべきか)。


サイ、肩のポーチに手を突っ込んだところを、背後からカブトに飛びかかられて地面に抑え込まれていましたが、フィギュアスケートの「スパイラル」で失敗すると、あんな感じに顎を氷にぶつけてしまうんですよね(って私が経験したわけじゃないですが)。
それにしても、サイが出そうとしたあの封筒、瞬時に口寄せでもしたのか?
肩につけているあの小さいポーチによく入ったな。

意識を取り戻したナルトが「…そういえばオレって何で気絶してたんだ…?」と言った後、ヤマトがサクラのほうを見やって、ややあってサクラが「大蛇丸にやられて気絶していたのよ…」と答えていましたが、ヤマトのあの間って、何を意味していたんだろう。
サクラに対する「君は言わなくていいよ」というような制止の意味だったのか、それとも、サクラの答え次第で自分の次の行動を決めるつもりだったのか、はたまた「君が言え」とけしかける意図だったのか。(もちろん、最後のはないだろうけどな(笑)。)


そしておまけコーナー(忍者学校特別授業)。
ヤマトが解説してましたが、初代火影と、子供の頃の綱手の姿の回想シーンがありましたね。

このシーン、以前見た時も思ったのですが、初代火影って、ずいぶんと若くしてお祖父ちゃんになった人だったんですね。

綱手って、自分より年下の叔父とか叔母とかがいるんじゃないでしょうか(って『源氏物語』かい(笑))。
初代火影って、里の創設者だけあって、係累も多そうだし。
今でこそ、初代火影の血筋で木ノ葉の里にいるのは(明らかにされているのは)綱手だけですが、綱手には伯父(叔父)や伯母(叔母)やいとこが大勢いて、みんな他国や他里との友好や同盟のため、婿に行ったり嫁に行ったりしていたりして(って『パタリロ!!』かい(笑))。


さて、次回はどこまで進むかな?
ナルトの瞳にサスケとサクラが映ったところで止めるか、サイの絵本のところまで行くか。
ナルトの目のアップで終わってくれたほうが、ラストシーンとしては締まるけど、アニメのペースで行くと、絵本のところまで進みそうなんですよね……。

それから、あと3回のオンエアで、「疾風伝」も満1周年になるんですよね。
その頃には、サイとサスケが、大蛇丸のアジトで引き合わされているかな?
皆さん、この2人の出会いシーンを見ても、決して“おいろけ・男の子どうしの術”を思い出さないように(って、だったら書くな!!(笑))。


アニメ「NARUTO疾風伝」第43話「サクラの涙」の感想。に戻る
アニメ「NARUTO疾風伝」第45話「裏切りの果て」の感想。に進む



テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック


悲しいとき―(その19)

分厚い漫画雑誌の中のお気に入りの作品だけ立ち読みしようとして、目次で掲載ページを確認したのに、大半のページが断ち切り処理されていて、めくってもめくってもノンブルが出てこないとき―。(←買えっての


別アレンジ:めくってもめくっても断ち切り処理 (種田山頭火(←嘘です))




WJ8号『NARUTO』第385話「万華鏡の秘密…!!」の感想。(その3)

えーと、では、「その2」までに書き切れなかったことを、断片的に。

まず、「ナルト、サスケ、イタチ」のスパイラルな三角関係について。
この三角関係の、もう一段階深いところにある真相は何なのか、それを考え始めたらキリがないのですが……。
「ナルトにもサスケにも生きていてもらわなきゃならない理由が、イタチにはある」って可能性はないでしょうかね。
だって、ナルトもサスケも、イタチのおかげで、というべきか、不本意ながら、というべきか、とにかく、イタチの存在があったことが原因で生き延びた、ってことが再三再四あったように思えるので。
イタチは、ナルトを拉致したり、自分を殺そうとしているサスケを殺したり、ってことは、やろうとすれば簡単にできる機会は多分いっぱいあっただろうに、やってないですし。
(ナルトもサスケも、イタチの幻術で死ぬ思いをした、ってことはありましたが。)


イタチは“暁”の中では、けっこう早い段階から「ナルト狩り担当」でしたけど、本気でナルトを狩ろうとしているようにはとても見えない言動が、最近ではデフォルトですし。
もしかしたらイタチは、昔から“暁”の一員としてナルトを狩ろうとしてるんじゃなく、そう見せかけておいて、逆に“暁”からナルトを守ろうとしていた、とかいう展開になったとしても、もう大したサプライズじゃないですね。
(今気づいたのですが、「けものをまもる」と書いて「狩」という字になるんですね……。)


イタチは一方で、サスケに対しては、「お坊ちゃまの弟を、何が何でも生き延びさせ、強くさせるためには、この方法しかない」と判断して、ああいう手段を選んだのか。
実際サスケは、中忍試験中、“死の森”で、「兄を殺すという復讐を遂げるまでは、オレは死ねない」とはっきり自覚しましたしね。
(とは言っても、私は、「イタチ(とその協力者)が、うちは一族を皆殺しにした」ってことも、まだ少し疑ってますし、「なぜサスケ1人だけが生き残らされたのか」って謎も全然解けてないんですが。)

今週号の感想の「その1」で、イタチの「万華鏡写輪眼を開眼するのに必要な条件は、最も親しい友を殺すこと」という発言について触れましたが、イタチがサスケにああ言ったのは、「そう言っておけば、サスケがナルトを殺す可能性は却って低くなる」と思ったから、ではなかろうか、などとも、私は思ったりしました。
サスケは、第2部で再会したナルトに「あいつに聞かされたやり方に従って力を手にするのがしゃくだっただけだ」と言ってましたが、何だか、その考え方すらも、イタチには織り込み済みだった、ってこともあり得るような気がします。
(ナルトは、サスケのあの「あいつに聞かされた(中略)しゃくだっただけだ」という言葉の意味は、未だにわかっていないみたいですけど。)



次に、「万華鏡写輪眼を使い続けるとどうなるのか」ということについて。
今週号で、イタチはサスケに「万華鏡はいずれ光を失う」とは言ってますけど、「失明する」とは言ってないですよね。
「失明」というのはサスケが集会場の石版を読んで解釈して言ったことであって、イタチは肯定も否定もしてないし。
イタチの「万華鏡はいずれ光を失う」「開眼したその時からその眼は闇へと向かう」という言葉は、眼の機能に支障をきたすというよりは、何というか、もっと比喩的なもののような気がするんですが……(っていうか、イタチの言うことって、どれもこれもいちいち過剰に詩的で哲学的で抽象的で、どうとでも解釈できるようなものが多すぎるんだよな昔から(笑))。

それに、ここでのイタチとサスケの会話って、微妙に噛み合ってないような気がするのですが……。
結局、九尾をコントロールできるのは「万華鏡写輪眼を使える者」なのか、「万華鏡写輪眼を使い続けた末に失明した者」なのか、いまいちはっきりしてないし……。
まあ、歩み寄って意思疎通をする義理は、イタチもサスケもお互いにないから、しょうがないんですが。

カカシが以前、イタチ(の姿をした偽者)に、「お前の視力……どこまで落ちてる?」と聞いたことを思い出すと、「カカシも、うちは一族の集会場の石版を読み、万華鏡写輪眼は視力の低下をもたらすと解釈した」「カカシは、自分の視力が落ちつつあると自覚していて、その原因が万華鏡写輪眼だと思っている」って可能性は高いと思うんですが、これ、どっちが先だったんでしょうね。
石版を読んだ上で、それでも万華鏡写輪眼開眼を目指したのか。
それはなぜ……「どの道長い命を望めない身なら、できるだけ早い段階で、個体の能力を高めるべきだ」とでも判断したのか(涙)。

あれ、でも、石版を読んだにしては、その石版に書かれている(らしい)万華鏡写輪眼と九尾コントロールについて、カカシは今まで全然触れてませんね。
でも、石版を読んでいないとしても、「万華鏡写輪眼を使う自分の視力が落ちつつある」「そういえばイタチも万華鏡写輪眼使いだ」「じゃあイタチの視力も落ちているんじゃあるまいか」という(大雑把な)三段論法で、イタチに探りを入れた、って可能性もあるか。
イタチもあそこで、一瞬驚いたような表情の後に「カカシさん……アナタまさか……」って言ってるし、カカシがイタチの秘密に何かしら踏み込んだ瞬間だったのは間違いないだろうな。
うちは兄弟の対決がクローズアップされた後は、カカシにピンスポが当たるそうですが、この流れだと多分、カカシの万華鏡写輪眼開眼を巡る経緯が何かしら明かされるでしょうね。


さっきも書きましたけど、イタチの言った「万華鏡はいずれ光を失う」って、イコール「失明」という意味なのかな……。
『NARUTO』ワールドでは、「忍者」ってのは単なる職種や業種の一つじゃなく、登場人物たちの生き方そのものを指してますから、「万華鏡はいずれ光を失う=失明→忍者として生きられなくなる」という流れになるとしたら、「フィジカル的なハンディが、生き方そのもののハンディになる」って描き方をしなくちゃならなくなりませんか?
『NARUTO』みたいな少年漫画でそれをやるかな……どうでしょう……。



次に、初代火影とうちはマダラについて。
初代火影は木遁忍術で、うちはマダラは万華鏡写輪眼で、それぞれ九尾をコントロールできたらしいですが、ってことは、この2人が共同で里を創設した後、何らかの意見の食い違いがあって、戦うことになったのでしょうか。
もっといえば、初代火影がまさに初代火影として就任したのって、マダラとの戦いに決着がついた後だったのかな?
もっともっと遡れば、「里を作ったら九尾が現れた」ではなく、「現れた九尾を2人がかりで抑え込み、その後に2人で里を創設した」ってこと?
この辺の事情、今までどこかに書かれてましたっけ?

木ノ葉の里には、初代火影から始まって、歴代火影が継承し、里の者たちに広めてきた“火の意志”ってものがありますが、それと背中合わせのように、コインの裏表のように、うちはマダラの“闇の意志(仮)”みたいなものがあったりしなかったんでしょうか。
木ノ葉の里が、初代火影とうちはマダラが共同で創設したものであり、のちにこの2人が対立したのなら、あり得なくはないと思うんですが。
三代目火影が「“火の意志”を持つ者は、皆家族」というようなことを言っていましたが、じゃあ「“闇の意志(仮)”に取りつかれた者は、皆マダラの末裔」って裏設定はどうでしょうか。

この『NARUTO』という作品では、大蛇丸が他人の体を乗っ取ったり、カカシがオビトの写輪眼を受け継いだり、ヤマトが初代火影の細胞を受け継がされたり、カブトが大蛇丸の細胞を取り込んだり、最近では長門が弥彦(を含め合計6人)の体を使ってペインと名乗ったり、と、今までそういうことは多々あったので、多分マダラも「他人の体を乗っ取って生き長らえている」ってことなんでしょうけど……。
イタチの「…マダラは生きている 信じる信じないはお前次第だ」「マダラが死んでるというのはお前の勝手な思い込みだ」というあの遠回しというか思わせぶりというか、あの物言いからして、マダラの場合は「体を乗っ取った」だけじゃなく、もうひと捻り欲しいところなんですよね。

まあ、フィジカル的に乗っ取ったりバイオロジカル的に受け継いだりしたのに比べると、「意志を継承した」っていうのはインパクトが弱いような気はもちろんしますし、第一「意志を継承した」だけでは、誰でもなれちゃうので、万華鏡写輪眼の希少価値とはそぐわないとも思うのですが。



最後に、マダラに対するイタチのコメントについて。
イタチがマダラのことを「オレの相棒でありであり不滅の男」と言ってますが、今まで自分の味方のことを「仲間」とか「チームメイト」とか「コンビ」とか呼んでいた人物はたくさんいましたが(「バディ」と呼んでいたのも約1名(笑))、「相棒」と呼んだのってイタチが初めてなんじゃ……。
何だかちょっと意外だったし、若干の違和感もまだあります……。
じゃあ何と呼べば違和感がなかったのか……「相方」とか?(笑)
いやいや、それじゃ、マダラとイタチが漫才コンビみたいになってしまう。
確かにイタチ役の石川英郎の素の喋りは、漫談みたいに面白いけどな(笑)。

あー、声優ネタにスライドしたついでに、もう一つ。
サスケ役の杉山紀彰って、お姉さんと弟さんと妹さんはいるそうですが、お兄さんだけはいないらしいですね。
あの世代(30代前半?)で4人きょうだいって珍しいと思うんですが、それでも、「兄だけいない」って、何だか図ったかのようですね(笑)。

でも杉山紀彰って、「オー!NARUTOニッポン」で竹内順子にいじられまくっているのを聴くと、「4人きょうだいの上から2番目」とはとても思えないんですけどね。(例:コチラのDJCD→ラジオ DJCD オー! NARUTOニッポン 其の十
以前は役についても、竹内順子に「サスケってブラコン」「自立してない」なんて言われてたし(笑)。

でも今思うと、竹内順子のこの「サスケってブラコン」「自立してない」ってコメント、けっこう当たってますよね。
中島みゆきの歌「空と君のあいだに」の中に、「君がすさんだ瞳で強がるのがとても痛い 憎むことでいつまでもあいつに縛られないで」という歌詞があるんですが、このフレーズって、まさに今のサスケに言ってやりたいような言葉です。
負の感情が人を強くするってことは確かにありますけど、その負の感情があまりにも強烈で、またあまりにも長期間続いている状態の中で力だけ強くなっても、それは「縛られてる」「自立してない」ってことでもありますもんね。

何にしても、竹内順子の「サスケってブラコン」「自立してない」発言を読み返し、メインの人物を演じるともなると、自分の役だけじゃなく、自分の役と深く関わる役の内面までも見抜かなくちゃならないんだなあと、改めて思ったことでした。
「万華鏡写輪眼のもう一つの秘密」についての感想はどこ行ったあ!(笑))


WJ8号『NARUTO』第385話「万華鏡の秘密…!!」の感想。(その1)に戻る
WJ8号『NARUTO』第385話「万華鏡の秘密…!!」の感想。(その2)に戻る

++++++++++++++++++++++++++++++
今週の遡及コーナー。
去年のWJ8号でのサブタイトルは「人を呪わば…」でした。
ヤマトの名台詞「こんなカッコ悪い先輩は初めて見ましたよ…」が飛び出し、カカシがパックンを口寄せし、サクラとサイがパックンに誘導されてシカマルのもとへ向かい、一方でシカマルが“影寄せの術”で飛段の体に大量の起爆札を貼りつけて落とし穴の上に宙吊りにし、火のついた煙草を飛段めがけて投げ、大爆発を起こした回です。
(掲載巻は→『NARUTO 巻ノ37 (37) (ジャンプコミックス)』。)
アスマの幻が現れて、「よくやったなシカマル…」と言った回でもあります(涙)。

一昨年のWJ8号でのサブタイトルは「怒りの引き金!!」でした。
ナルトが九尾化の兆候を現し、ヤマトの回想シーン(カカシの病室)が入り、ヤマトの素性が読者にもナルトたちにも明かされ、ナルトの名台詞「オレの前で自分のものみてーにサスケの名を口にすんじゃねーってばよ!!」が飛び出し、そしてナルトに妖狐の衣の“尾”が3本まで出現した回です。
(掲載巻は→『NARUTO (巻ノ33)』。)



テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック


WJ8号『NARUTO』第385話「万華鏡の秘密…!!」の感想。(その2)

前の号の感想として、私は、

<今の私は、イタチが何を言うかより、サスケがイタチに何を聞こうとしているのか、そっちのほうが気になって仕方ないです。>

と書いたのですが、そうか、サスケが聞きたかったのは、「3人目…もう1人の写輪眼とは……………うちは一族とは誰だ?」ってことだったんですね。

で、サスケは、イタチの「うちはマダラだ」「木ノ葉隠れ創設者の1人…万華鏡写輪眼を最初に開眼した男だ」という答えを聞いて、「そのマダラならとっくに死んでるハズだ。オレをおちょくってんのか!」と噛み付いてますが……。

かつてナルトの中の九尾がサスケに「その瞳力とワシ以上に禍々しいチャクラ…かつてのうちはマダラと同じだな…」と言った時は、サスケは「知るかよ…そんな奴」と、吐き捨てるように答えていましたよね。
ということは、あの時点では、サスケはマダラのことは知らなくて、その後調べて知ったのか、それとも、知っていたのに知らないふりをしただけなのか、どっちだろう。

今週号のサスケの「そのマダラならとっくに死んでるハズだ」という台詞は、「木ノ葉隠れの里創設という、はるか昔の出来事に関わった者なら、もう生きているはずがない」という意味なのかな。
いや、サスケは第1部で里にいた頃から、うちは一族のことは独自にいろいろ調べていたみたいだし、その一族の中でも、木ノ葉隠れの里の創設にかなり深く関わったらしい人物(=うちはマダラ)のことを知らなかった、ってことは考えにくいんだけど……。

でも、今週号の終わりのほうで、サスケはイタチに「マダラ…一体何者だ?」と改めて聞いてますし、本当に知らなかったのかもな。
木ノ葉の里にとっても、うちは一族にとっても、マダラは里や一族のダークサイドに属する者とみなされて、その存在に関する情報は極力伏せられていた可能性もあるし。
(あー、でも、だったら“終末の谷”なんてわざわざ命名して、あんな巨大な石像を造ったりしないか?)


それから、前の号の感想として、私はもう一つ、

<(サスケみたいな状況に置かれた子供は)10年近くもの間、本当にあれだけ、「復讐」だけで頭をいっぱいにしてしまうものなのか、私にはずっと疑問だったのです。>

<「そもそも自分の記憶は本当に、事実通りのものなのか、兄は幻術使いなんだし」とか、そういうことも考えるんじゃないでしょうか。>


とも書きましたけど、今週号のサスケの「あの夜の出来事…幼かったオレには幻にしか思えなかった。酷い幻術の中にいるのだと…そう思いたかった」という台詞からして、サスケはやっぱりそういうこと(あれは幻じゃなかったのか、というようなこと)を、一度は、いや、一度ならず、考えたんですね。
(ということは、前の号の感想として私が書いたことって、賞味期限はまさに、ギリギリ前の号までだったんだな。)

そして、サスケのこの「酷い幻術の中にいるのだと…そう思いたかった」という言葉には、イタチへの憎悪だけじゃなく、肉親としての情みたいなものが、やっぱりまだ感じられてしまいましたよ……。
だってこの言葉、「アンタは一族を皆殺しにしたが、オレは、そのアンタのことを庇おうとしたことや、理解しようとしたことさえもあった」ってことを、わざわざ告げるための言葉ですからね、自分が憎んでいるだけのはずの相手に……。


そして、「だがアレは!! まぎれもない現実だった!!」と叫び、振り向きざま、イタチに“千鳥”を放つサスケの表情が壮絶です……。
「両膝を床に着いたまま、半身で、やや見上げる姿勢」ってのがかっこいい……かっこいい分、悲しくて痛々しいシーンでもあるんですが……。

続けて「今のオレの眼は昔とは違う! オレの写輪眼は幻術を見抜く!」と叫ぶサスケを、イタチは「フッ…相変わらず強気な物言いだな」と余裕で受け流してますが、「相変わらず」って、この2人、リアルに再会したのは3年ぶりか4年ぶりくらいのはずなんですが……「相変わらず」と言うには、間が開き過ぎてないか……?
あー、「相変わらず」って、前回のイタチのカラス分身の時のことを言ってるのか?
でもそれだって、作品中では、あれから数時間しか経ってないですよね?

サスケもサスケで「小芝居に付き合うのはこの辺でいいだろう」なんて余裕かましてますけど、「オレの質問に答えろ」から始まった会話の間、サスケは左肩から背中をイタチに向けたままだったんですよね。
危ない危ない。
まあ結果的には幻術同士だから、背後を取るとか取られるとかはないんでしょうけど。


ところで、サスケの「だがアレは!! まぎれもない現実だった!!」の台詞に戻りますけど、うちは一族がみんな殺されてしまったのは現実だったとしても、「イタチ(とその協力者)、うちは一族を皆殺しにした」というのも、サスケの記憶の中の出来事としてしか描かれていないんですよね、確か。
サスケ、その点については追及してなかったな。
うーん、追及してなかったというより、サスケって昔から、「必死になって何かを追及すればするほど、イタチの誘導に乗っている」って印象がどうも拭えないのですが。


あーそうそう、自分の記事ばっかり引用するようで恐縮なのですが、今から2ヶ月くらい前、私は、

<実際には、「見ているはずなのに見えていない」とか(中略)「聞いたはずがないのに聞いた気になっている」とかって、別に幻術とかじゃなく、「本人の思い込み」から来ていることがいちばん多いんですけどね(って身も蓋もない(笑))。>

などと書いていましたが、今週号のイタチの「…マダラは生きている 信じる信じないはお前次第だ」「人は皆思い込みの中で生きている」という台詞って、2ヶ月くらい前の私のこの拙文を、ほんのちょっと後押ししてくれているような気がして、少しだけ嬉しかったです。
(サスケに「戯言は止めろ!」と怒鳴られて“千鳥”をお見舞いされそうだな私(笑)。
2ヶ月くらい前のその記事はこれ→WJ51号『NARUTO』第378話「一対一…!!」の感想。


「マダラは生きている」といえば、イタチがマダラのことを「オレの相棒であり師であり不滅の男」と言った直後のコマで、サスケが「キッ」という表情をしてますが……。
あの表情を見たら、第1部で、「自分は復讐のため、イタチを必死に追ってるのに、そのイタチは自分には見向きもせず、ナルトのことばかり見ている」ということを知った時、サスケがショックや焦りや嫉妬みたいな、強い負の感情を持ったことを思い出してしまいました。

サスケにしてみれば、「実の兄が憎い」ってことはずっと自覚していたんでしょうが、その他に「自分より劣っているはずだったナルトがどんどん力をつけ、なぜか兄はそのナルトにばかり関心を向けているのが耐えられない」という負の感情が起きたのは、いわば予想外のことだったんですよね。
そしてその予想外の負の感情が強烈すぎたからこそ、サスケはひたすら力を求め、仲間も里も捨て、かつて里に危害を加えた大蛇丸のもとへ走り、力を得た後は、大蛇丸をも殺して、今に至っているわけで……。

そう思ってみると、今週号で、サスケがイタチの幻術を破った後の「さっさと万華鏡写輪眼を使ってオレを殺ってみろ!」というあの言葉が、「オレのほうを振り向いてくれ、オレをちゃんと見てくれ!」という悲痛な叫びにも聞こえてなりません。
サスケが本当に本当に望んでいることって、「イタチへの復讐」じゃなく、「イタチとの心中」なんじゃないでしょうか。
何だか、そう表現したほうが正確であるような気がしてきました。


うーん、「その2」までで終わると思ったが、まだ終わりそうにない。
「その3」まで続きます(っていうか、「その3」で何とか締めたい(笑))。


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WJ8号『NARUTO』第385話「万華鏡の秘密…!!」の感想。(その1)

今週号は先週号と打って変わって、文字が多かったですね!(って、注目ポイントはそこか。日本語を勉強中の外国人か私は(笑)。)


えー、『NARUTO』という作品には、かなり早い段階から、

「九尾の出現、それを封印した四代目火影、封印の器にされたナルト、封印に際して使われた“屍鬼封尽”という術」に関する系統の謎(略して「九尾系の謎」)と、

「サスケとイタチを含むうちは一族、万華鏡写輪眼」に関する系統の謎(略して「うちは系の謎」

があるように思うのですが、読者のほうも、これのどちらにより興味や関心があるかで、何となく二分されているような気がします。


(ちなみに私は「九尾系の謎」派だったようです。
何で「うちは系の謎」のほうには今まであんまり興味が持てなかったのかというと、理由としてパッと思いつくのは三つくらいか。

一つめの理由は、「万華鏡写輪眼を開眼するのに必要な条件は、最も親しい友を殺すこと」というあの設定が、読者の間で、何だかクローズアップされ過ぎていたような気がしていたから。
だってこの条件、イタチ1人が、サスケ1人に、たった1回言っただけでしたよね?
なので、「公式設定として認めるには、あまりにも信憑性が薄いんじゃなかろうか」という気が、どうしてもしてしまっていたのです。

(ちなみに、イタチ役の石川英郎は、「ラジオDJCD オー!NARUTOニッポン 其の十四」の中で、この「万華鏡写輪眼を開眼するのに必要な条件は、最も親しい友を殺すこと」という台詞のパロディを、思いっ切り甘いトーンで言ってくれてます。
しかも2パターンで、うち一つは関西弁(笑)。
ちょっと詳しい記事はコチラ。)

他にも、イタチに関しては、どうにもこうにも情報が少な過ぎましたし、実際イタチって、登場するたびに新しい謎を増やしては退場し、増やしては退場し、を繰り返してませんか?

それにこの作品って、イタチ以外にも、「たった1人の人物が言っているだけのことは、あんまり真に受けず、話半分に聞いておけ」というパターンって、細かいところでいろいろありましたし。


二つめの理由は、「フィクションとはいえ、復讐に生きることを決意してしまった幼い子供(サスケのことです←言うまでもない)を見るのはやっぱりつらい」という、極めて人間的な(自分で言うな)心情を、どうしても消し切れないからです。

「復讐」をテーマにした小説や漫画や映画っていっぱいありますけど、そういうのってたいてい、復讐に生きているのは、主人公なんですよね。
でも、『NARUTO』って、「すべてを捨てて復讐に生きることを決意した者」の視点以外に、「その者を心底愛しているのに、復讐へ向かっていくその者の行動を止めることができなかった、周囲の人々」という、ちょっと引いた視点でも描かれているので(っていうかもともとはそっちがメインだし)、周りのその人々のもどかしさ、やり切れなさ、無力感が、読者にも(というか私にも)ビンビン伝わってくるんですよ。

私は無力感や自分の非力さは、現実の世界で散々感じているので(笑)、わざわざフィクションの世界においてまでそれを再体験するのはきつい……という気持ちには、サスケを見ていると、実は今でもときどきなります(笑……っていいところなのかなここは)。


三つめの理由は……この理由は、ファン失格の謗りを免れないと思うのですが……。
「原作第1部のうち、イタチや、イタチが所属する“暁”についての描写が多い部分は、漫画喫茶でさっと読んだだけで、精読していないので、思い入れを持ちにくかった」という個人的な事情です(殴)。


あー、四つめの理由を、今思いついた。
「四代目火影が好きだから」です。

私が初めて買った『NARUTO』のコミックスって、巻ノ27だったのですよ。(これ→NARUTO (巻ノ27)
巻数だけ見れば「何でこんな中途半端な巻から?」と思われそうなのですが、決め手は「表紙が“状態2”のサスケだから」ではなく(当たり前だ)、「カカシ外伝を、漫画喫茶ではなく、家でゆっくり読みたかったから」でした。
んで、この巻で、四代目にもカカシにも、かなり強力に捕まったまま、今日に至っているわけです(笑)。

(この記事、1度目にアップした時は忘れていたのですが、その日(この記事を1度目にアップした1月25日)は、四代目火影の誕生日だったんですね!(本当に四代目好きなのか私(汗)。)))


閑話休題。
この二つの謎(「九尾系の謎」「うちは系の謎」)のどちらにも深く関わっていそうで、なおかつ生き残っているのがカカシですけど、イタチも負けず劣らず、ってことみたいですね。
そりゃそうだ、イタチ個人に焦点を絞ってみれば「一族を皆殺しにした」ってことが謎なのであって、「写輪眼(のうち、特殊な部類のもの)を開眼した」ってことのほうは、それほど意外なことではないもんな。
イタチは、紛うことなきうちはの者なんだし。


今週号にサスケの回想として出ましたが、かつて新生カカシ班が大蛇丸のアジトに突入し、ナルトがサスケと(内容はどうであれ)再会を果たした後、サスケがナルトの精神世界にズカズカ踏み込んできた時、九尾がサスケに「その瞳力とワシ以上に禍々しいチャクラ…かつてのうちはマダラと同じだな…」と言いますが、あの時が、「九尾系の謎」「うちは系の謎」が初めて本格的に交わった時だったような気がします。
(今思うと、「NARUTO疾風伝」の第1回の冒頭のシーンがあれだったのは、偶然ではないでしょうね。)

そして、去年の秋頃のWJで、自来也が“ナルトの鍵”である巻物ガエルと話していた時、「九尾の出現は、天災ではなく、意図的に口寄せされたものではないか」「それをしたのはうちはマダラではないか」という可能性を口にしていましたが、あれが「九尾系の謎」「うちは系の謎」が本格的に交わった、2度目の時だったと思います。

自来也のあの発言は、(読者たちの現実世界の時間では)九尾の「…かつてのうちはマダラと同じだな…」発言から1年3ヶ月も後のことでしたけど、これからは、この二つの謎が交錯したり、平行したまま突っ走っていることが強調されたり、ってことが今までより頻繁に起きそうな気がします。


な、何だか、この記事、散漫すぎて、「感想」になってませんね。
いや、前々から、「私は何で、うちは一族の謎にあんまりのめり込めないのか」ってことは、我ながらずっと疑問だったので、いちどまとめたいとは思っていたのですが、今週号の内容が、心の琴線に触れまくったようです。
この記事は「散漫な散文」になっちゃいましたが、「その2」のほうで、もうちょっと「今週号の感想!」って感じの記事を書きたいと思います。
(次の号が出る前に書けるか私(笑)。)


WJ8号『NARUTO』第385話「万華鏡の秘密…!!」の感想。(その2)に進む



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サラリーマンの家庭はタダで医者にかかれる!?

最近は、社会保障とか社会保険といえば、年金の話題が圧倒的に多くて、国保健保の話はめっきり出てこなくなりましたね。
んで、敢えて国保と健保の話をば。

私が通っていた小学校の近くに、お菓子や缶入り飲料や雑誌などを売っている、小さなお店がありました。
そのお店のおばちゃんは、なぜか「サラリーマンの家庭はタダで医者にかかれる」と、ずいぶん長いこと、本気で思っていたらしいのです。

確か、私が「風邪ひいて、病院に行ってきました」とか何とか、そんな話をした時に、「お父さんはサラリーマンなの?」と聞かれ、そうだと答えたら、「そうなの、でもサラリーマンの家庭はタダで医者にかかれるから、病気になっても安心だよね」みたいに、何気ない感じで言われたと記憶しています。

この時言われたことが妙に頭に残っていて、ずーっと後になってから調べてみたのですが……(つくづく粘着質ですね私も(笑))。

今思うと信じられないことですが、昔は、サラリーマン家庭の人間(つまり健康保険の被保険者やその被扶養者)は、被保険者が給与から天引きされる保険料を除けば、自己負担はゼロだったんですよね。
つまり、病院の窓口で保険証を出せば、病院ではお金を払わなくて済んだ。
(その後、法改正(法改悪?)が何回かあったため、今は3割負担ですけどね。)

そのおばちゃんの目には、そのこと(病院窓口での自己負担がゼロということ)が、「サラリーマンの家庭はタダで医者にかかれる」と映っていたらしい。
(地方の小さな医院なんかだと、「院内で見かける患者同士はみんな顔見知りで、その家族の職業もお互い知っている」なんてこともザラですから。)

もしかしたらあのおばちゃんは、まさに「病院窓口での自己負担がゼロである」という意味で「サラリーマンの家庭はタダで医者にかかれる」と言ったのかな、とも考えたのですが、いややっぱり、「サラリーマンの報酬(月々の給与や、ボーナス)からは定率で保険料が天引きされており、怪我や病気をしなくても、還付されることはない」ということをちゃんとわかっていたら、「サラリーマンの家庭はタダで医者にかかれる」という言い方はしなかっただろうと思うのです。

(もう一つ思い当たった可能性は、「健保には扶養・被扶養の制度がある」ということが、国保の被保険者から見ると羨ましかったのかな、ということです。
こっちの理由だったら、羨ましがるのにも、それなりに正当性があると思うんですが。)

今の私は、「あのおばちゃんは多分、国民健康保険の被保険者だったから、あの時はそういう解釈をしていたんだろう」「その後、実態を知る機会もあったかも知れない」と思うのですが……。

でも、他にも、「自営業の家庭(家族全員が国保)に生まれ育ち、大人になってからは家業を継ぎ、生涯、自営業だった男性」とか、「自営業の家庭に生まれ、学校卒業後はしばらく家業の手伝いをした後に、自営業の家に嫁いだ女性」とかの人たち(=健保への加入経験がない人たち)の中には、もしかしたら一生「サラリーマンの家庭はタダで医者にかかれる」と思い続けた人も、今まではいたかも知れないですね。(まさか、今も?)

確かに日本の法律は、「サラリーマンに優しい」と取れるような面はいっぱいあるけど、それでも、「サラリーマンの家庭は完全にタダで医者にかかれる」ほど優しかった時代はないですよ(笑)。
しかも、さっきも書きましたけど、今は健保の被保険者やその被扶養者の窓口負担は、国保の被保険者と同じく、原則3割ですしね。

みんな「自分は損してる、アイツは得してる」って情報には敏感なんですよね……私もそうですが(笑)。
(あー、まだ年の初めの1月だってのに、何でこんな無味乾燥な世知辛いことを書いてるんだ私(泣笑)。)




こんな真冬にサザンかよ。

「今年のセンター試験でも、また英語のリスニング用のICプレーヤーに不具合があった」と聞いて、自分の高校時代の英語の授業を思い出しました。


私が習っていた英語の先生は、リスニングをとても重視する人で、授業の開始時に必ず、自分で作ってきたリスニング用のテープとプレーヤーを持ってきて、リスニングの時間を作ってくれていました。

「英語の歌の歌詞をワンコーラス聴き取る」という題材が多かったのですが、ワンコーラスでも正確に聴き取るのはなかなか難しくて、毎回「あー難しい」「わかんない」「駄目だあ」と、音を上げる生徒が続出。

そんなときも、その先生は、「英語のネイティブスピーカーも、英語の歌なら必ず全部聴き取れるというわけじゃありませんから、あんまり落ち込まなくてもいいですよ」と言ってくれて、音を上げた生徒は慰められていました。

が、ある時、その先生が、慰めの言葉に続けて「僕も、サザンの歌なんか、何言ってるのか全然聴き取れませんから」言ったので、今度はクラスは爆笑。

だって、サザンの歌(っていうか桑田佳祐の歌い方)の聴き取りにくさは、ヒアリング能力とかリスニング能力とか、そういう問題じゃありませんから!
歌詞カード見ながらシンクロリーディングしても、「歌詞はわかったが、今度は意味がわからない」って歌もいっぱいありますから!
と、私は思わずギター侍になりかけました。
(いや、当時はまだ波田陽区はデビュー前でしたので、この言い方は後付けだが。)

何にしても、おかげで今でも、サザンの新しい曲を聴くたび、その先生の言った言葉を思い出して、ちょっとだけ笑ってしまいます。


ところで、最近知ったのですが、センター試験に使われるICプレーヤーって、試験が終わったら、受験生が持ち帰っていいそうですね。
でも、持ち帰れたところで、何か使い道ってあるのでしょうか?


この記事タイトル「こんな真冬にサザンかよ。」って、何のパロディかお分かりの方はいるかな?
英語のリスニングとも、サザンとも無関係なものなのですが。

KAMAKURAKAMAKURA
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海のYeah!!海のYeah!!
(1998/06/25)
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私が持っているサザンのCDはこれ↑。
たった2点しかなかったことに、我ながらちょっと驚いた。
レンタルで聴いたものが多かったらしいです。
(決して違法な手段で音源を入手したわけではありません(笑)。)




手拭いコレクション。〜「かまわぬ」の「あかり」〜

今日(1月22日)は満月でした。
今年最初の満月です。

満月の柄の手拭いはいっぱい売られてるんですが、私が持っているものの中で、「満月」を連想させるのはこれ↓。

あかり。


これ↑は、「かまわぬ」「あかり」という柄です。

昨日は「雹」と「霰」はどう違うか、という記事を書きましたけど、その後、今日の記事を書いていたら、「あかり」と「ひかり」はどう違うか、って話を以前聞いたことを思い出しました。

確か、「あかり」は「ロウソクとか暖炉とか、高い熱を放っているものが同時に発する光」という意味で、「ひかり」は「月とか蛍とか、熱を持たないものが発する光」という意味だったような……。
「意味」というよりは「ニュアンス」という感じだったかな。
どっちの説明にも「光」っていう字が入ってるし。

確かに「蛍のひかり」とは言うけど、「蛍のあかり」とは言わないですよね。
あれ、でも、「雪あかり」とは言うけど、「雪ひかり」とは言わないな……駄目だ、わからなくなってきた。
この件については継続調査!(どなたかご存知だったら教えてください。)




手拭いコレクション。〜「かまわぬ」の「大小あられ」〜

今日(1月21日)は大寒(「たいかん」又は「だいかん」)でした。

今朝の時点で、今日の東京の予想最高気温は5度でしたが、実際はもうちょっと暖かく、6度以上はあったらしいです。
先週の金曜日あたりの天気予報では「雪になる可能性あり」と言われていたのですが、雪どころか雨も降らなかったな。

「雪になる」と聞いた時点で、この手拭いの柄↓を思い出しました。

大小あられ。


これ↑は、「かまわぬ」「大小あられ」という柄です。
買ってからかなり経つし、何回も洗っているので、新品のものに比べてかなり色が薄くなってます。
(かてて加えて、私のケータイのカメラの機能と撮影の技術が……あああ。)

本当は「雪の結晶」という、そのものズバリの柄が売られているのですが、私がお店に行った時は店頭にありませんでした。
「かまわぬ」って、通信販売はやってないんですよね……なので、せめて本だけでも載せてみます。

かまわぬの手ぬぐい使い方手帖かまわぬの手ぬぐい使い方手帖
(2006/05/17)
かまわぬ

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かまわぬ手ぬぐい百科かまわぬ手ぬぐい百科
(2007/06)
河出書房新社編集部

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雑学系のクイズ番組でよく、「雹(ひょう)と霰(あられ)はどう違う?」という出題がされますけど、気象学的な意味とは全然別に、「あられ」のほうが言いやすいですね。
「大小ひょう」じゃ、柄の名前としては収まりが悪いですもんね(笑)。

(「雹(ひょう)と霰(あられ)はどう違う?」の答えは、「雹(ひょう)は直径5mm以上のもの、霰(あられ)は直径5mm未満のもの」だったはず。←書くならちゃんと調べんか(笑))




アニメ「NARUTO疾風伝」第43話「サクラの涙」の感想。

今回は、原作を1話分しか消化してませんでした。
何だかほっとした。
(ちなみに原作でいうと、巻ノ33の「悲しき決着」の回です。(シカマルが大あくびしている扉絵の回。))

あと、ラスト近くの絶叫部分だけでしたが、竹内順子の新しい台詞がちゃんとあったのにもほっとしました。

ここ数週、カブトが登場してから、カブトの台詞に注意が行ってしまって仕方がないです。
この先、ある意味、いちばん境遇が激変する人物ですからね。

前回オンエア分の次回予告で、カブトが「もう忍者というより…まるでバケモノの闘いじゃないか」と言っていたので、それを聞いた時は「原作ではこの部分、『バケモノ同士の闘いじゃないか』のはずだけど、なるほど、一応は自分の主人に対して敬意を表して、『バケモノ同士の闘い』じゃなく、『バケモノの闘い』に変えたのかな」と思ったんですが、本編では原作通りにちゃんと「これじゃ忍者の闘いというより…バケモノ同士の闘いじゃないか」になってました(笑)。
大蛇丸やカブトにとっては、「バケモノ」呼ばわりは、別に失礼なことじゃないってことなのかな(笑)。

カブト、サクラにナルトのことを「あんな姿になってまでサスケ君を助けたかったのかね」と言ってますけど、「あんな姿になってまで」っていう部分だけをピックアップすれば、それ、作品の中では数週間か数ヶ月先のカブト自身のことじゃないですか……。

この天地橋でのカブトは、サスケのことで必死になるナルトのことも、ナルトのことで必死になるサクラのことも、小ばかにしたような顔をしてますけど、カブトは、ナルトやサクラのような意味で「誰かのために必死になる」ってこと、最後までないような気がします。
考えてみたら、今まで『NARUTO』って作品に登場した敵の中では、「死ぬ間際に真人間になった奴」って、再不斬くらいでしたしねえ……。


サクラが泣き叫びながらナルトに走り寄るところ、私も思わず泣きそうになりました……。
一旦話が飛びますが、この木曜日、私は、退勤したのがちょうど7時25分頃だったのです。
で、イマドキの人なら「その辺のファストフード店にでも入って、ケータイでワンセグを観ながら30分過ごす」とでもなるのでしょうが、私のケータイはいかんせんまだMOVAなのでそうもいかず、いつも持ち歩いている防災用の小型ラジオ(笑)でテレビ東京の音声を聴きながら歩いていたのですが、サクラの叫びのところでは、道を歩きながら私もちょっと涙が出そうになりました。
あの叫びが、次回ヤマトに「フッ…サクラ…君を見ていたら分かる。君はホントは…」と言わせることになるんですよね。

でもヤマトは、サスケが同じ班にいた頃のサクラの様子や、里を去ろうとするサスケを泣いて止めようとしたサクラのことは知らないからな……。
サクラは、相手を異性として好きであるかどうかは別として、「里の仲間だ」と思っている相手なら、その相手の一大事には、同じように必死になると思う。
(でもまあやっぱり、ヤマトでさえビビった「小さな九尾」状態のナルトを、「九尾」じゃなく「ナルト」とみなして、何のためらいもなく駆け寄ろうとするあたりは、「君はホントは…」と言われるには充分なんでしょうけど。)

そうそう、ヤマトは「君を見ていたら分かる」と言いますが、私にももう一つ、わかったことがあります。
それは、「ケータイの電波が届く場所でも、ラジオの電波が届くとは限らない」ということです(笑)。


ヤマトの「火影式耳順術(ほかげしきじじゅんじゅつ)・廓庵入てん垂手(かくあんにってんすいしゅ)」って、自分の手のひらをターゲットに触れさせないと駄目なんですね。
つまり、「小さな九尾」状態のナルトの懐に飛び込まなきゃいけないってことです。
ヤマトの術って、「自分はあんまり動くことなく、中距離・長距離戦に有効な術」が多いような気がしていたのですが、ここ一番の大技では、やっぱり自分が動いて敵に近づかないと駄目なんですね。(カカシの“雷切”もそんな感じだしな。)

そうそう、私は2ヶ月くらい前の記事で、<例えば「耳順術(じじゅんじゅつ)」なんてこれ、ものすごく声優泣かせの術名のはずですよ……「術」って1文字だけでもけっこう言いにくいのに、何で「J」の子音が三つも続いてるんでしょうか……>と書いてたんですが、小山力也、それほど言いにくくもなさそうに言ってのけていたのは流石。
(2ヶ月前の記事はこれ→最近、「サイ 声優」「ヤマト 声優」で検索した人!(その10)

まあ小山力也は、「ER 緊急救命室」でダグ役の吹替えをやっていた頃は、「血算生化学電解質血液培養検尿毒物検査頭部胸部腰部の写真!」みたいな台詞を、毎週のように言っていた人ですしね。
(「血算生化学(以下略)」の台詞は私のうろ覚えです(笑)。

ちなみに最近の「ER」では、ニーラ・ラスゴートラの「血算生化学(以下略)」みたいな台詞がものすごいです。
ニーラ、第10シーズンで登場したばかりなんだから、まだ新参者のうちのはずなのに、あんなに早い段階で「血算生化学(以下略)」を言わされてるドクターって初めてじゃなかろうか。
ニーラ役の吹替えをやっているのは、「劇場版 NARUTO大活劇 ! 雪姫忍法帖だってばよ !!」でヒロインの富士風雪絵を演じた甲斐田裕子です。)


サイの墨分身(?)の胸に大蛇丸の刀がぐっさり刺さるところで今週分は終わってましたけど、原作を見たら、これから先はしばらく、アニメ化するに際してどこで区切ったらいいのか迷うような流れになっているようです。


今週になって気づいたのですが、クレジットの部分が、止め絵じゃなく、巻き上がり形式になってますね。
先週も今週も、1時間スペシャルじゃないのにそうだったってことは、少なくとも今のエンディングが流れる3月末まで(多分)は、この形式が続くのかな?


次回予告についてですが、ここしばらく、次回の台本から一部を抜き出して読み上げてるだけのことが多いような気がするんですけど、気のせいでしょうか……気のせいじゃないとしたら、何でそうしてるんでしょう……。
まあ、去年の春から夏にかけて2ヶ月くらいやっていた、あのチャカポコチャカポコいう音楽をバックにやっていたおちゃらけ予告よりはマシだけど……。


そしておまけコーナー(暗部の調査報告書)。
先週がああいう演出だったから、今週も多分似た演出だろうなと思っていたら、やっぱりそうだった、という感じでした。
きっと2回分まとめて録ったんだろうな。
今考えると、「ヤマトが、中忍以上の標準服を着て、アカデミーの教壇に立っている」という先週の設定は、かなりあり得ないものだったと思う(笑)。
(しかし、暗部の設定というものも、今思うといろいろと矛盾がありますな。あ、それは言わない約束ですか、そうですか(笑)。)


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