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WJ52号『NARUTO』第379話「自来也の選択!!」の感想。
今週は絶対に扉絵はないだろうなと思っていたので、あったのにはびっくりしました。 今頃気づいたのですが、髪をダウンにしているペインって、ネジにちょっと似てますね。
この回が巻ノ41の最後に来るはずなので、巻ノ41にはナルトは登場しないということが確定しました。 (これで表紙にナルトがいたら、すごいフェイントだな(笑)。) (2007年12月4日訂正:43号に、一瞬ですがナルトは出てました!(汗))
さて、「母ちゃん」が、「この歌はノドを痛める」と愚痴っていましたが、発声方法に問題があるのでは? 正しい発声の基本は、頭に響かせること……と思ったのですが、蛙の体形からして、「頭に響かせる」ということは、果たして可能なのだろうか。 「喉を使う」しか、声って出ないのかもな。 それにしても、「こんなに小さい体なのに、よくこんなに大きい、遠くまで響き渡る声が出せるなあ」と思わされてしまう生き物っていますよね。 蛙もそうですが、他には鈴虫とか、小鳥とか。 あ、人間の赤ちゃんもそうだな。
そ、それにしても自来也、「油断はするな」と言っておきながら、あの立ち去り方はまずいよ……! 「倒れている人間(敵)に正面から近づいたり、逆に、自分が背を向けて立ち去ったりしてはいけない」って、基本中の基本でしょうが! まああの場合、倒れたペインたちに背を向けていなくても、どの道、背後は取られていたんだろうと思いますが。
ところで、「ペインは全部で6人いる」ってこと、読者は知ってますが、自来也は知っていたんでしょうか? 知らなかったんだとしたら、3人倒した時点で油断してしまうのも無理はないかも……。 相手はただの敵ではなく、昔の教え子ですし、その教え子を敵として見なくてはならないという状況から一刻も早く脱したいという気持ちも、無意識レベルであったかも知れないし。
WJ48号の第376話「予言の子!!」の中で、自来也は大じじ様に、「大きな変革」「世にそれまでにない安定をもたらすか……破滅をもたらすか そのどちらかの変革じゃ」「お主はその変革者を導く者じゃ」と言われていましたが、自来也は当然、「世にそれまでにない安定をもたらす」ほうの「変革」を望み、それをペインに(というか長門に)託していたらしい。 これは、師としての自然な感情でしょうね。
ただ、「痛みで世界を導くより、痛みを乗り越えたお前の力でそれを成し遂げて欲しかった」という言葉はどうなんだろうなあ……。 WJ44号での小南の「今さら私たちの前に現れて何のつもりだ!?」という言葉や、WJ46号でのペインの「アナタは知らなくていい…しょせん外の人間だ」という言葉からして、ペインの胸のうちには、「たった3年間ついていてくれただけで、さっさと自分の里に帰ってしまって、その後のことは何にも知らないくせに、勝手に『痛みを乗り越えた』扱いすんなよ(怒)」という気持ちが湧き上がったんじゃないだろうか。 (そんな人間的な感情の湧く余地があれば、だけど。)
痛みや苦しみに見舞われた人間が、それを乗り越えたかどうかなんてことは、ハタから見ているだけではわからないことも多いですからね。 「ボクはただ2人(弥彦と小南)を守りたい。どんなに痛みが伴うことがあったとしても」と言った時の長門を思い返しても、「あんな小さな子供が、健気なことを言うなあ」とは思いますが、「この子は痛みを乗り越えた」と判断するのは早計だったんじゃないか、って気がします。
ペインや小南って、「幼くして親を失い、その後、愛情を注いでくれる大人は皆無ではなかったが、結局は道を踏み外してしまった」というパターンだと思うのですが、これって、大蛇丸や、サソリや、(今現在の)サスケにも当てはまりますね。 親代わりのように精一杯の愛情を注いでくれた者と、のちに死闘を繰り広げることになる、って点も。 (サスケの場合は、相手は「親代わり」ではなかったですが。)
大蛇丸と戦った三代目火影、サソリと戦ったチヨバアは、死力を尽くしながらも、相手に対して「お前が本当に望んでいたものを与えてやれなくて、済まなかった」と思っていたようなフシがありましたが、ペインと戦っている自来也にも、それは通じるものがありますね。 繰り返しますが、サスケと戦ったナルトだけは、サスケに対して「済まなかった」という気持ちは持っていないと思いますが。 (もしそれに近い気持ちを持っている者がいるとしたら、それはカカシだろうな。)
いきなり現実的な話ですが、よく「痛みや苦しみを経験した人間は強い」と言われますが、それはその痛みや苦しみを乗り越えることができた人間や、乗り越えるには至らないまでも、少なくとも乗り越えるきっかけを掴む程度のことはできた人間に限ることであって、痛みや苦しみのただ中にある人間は、新しい痛みや苦しみに対しては、むしろとても弱くなっているんだそうです。 だから、続けざまにつらい出来事に見舞われた人間は、間隔を開けて同じ出来事を経験した人間より、回復に何倍も時間がかかるそうです。 ましてや、子供の頃に次から次へとつらい経験をしてしまうと、その子の将来は、非常に難しいものになるとか。
(更に現実的な話ですが、何かショッキングな出来事があって苦しんでいる人に対して、慰めや励ましのつもりでサプライズプレゼントを贈ったり、サプライズイベントを企画したりする人たちがいますが、そういうことも、本当はしないほうがいいらしいです。 周りの人の側としては、嬉しい驚きを贈ってあげているつもりでも、それをされる本人にしてみれば、「驚かされること=恐怖、脅威」でしかないので、サプライズプレゼントやサプライズイベントも、「嬉しい驚き」になど、到底なり得ないから、だそうです。
アメリカのテレビドラマなんかを見ていると、慰めや励ましのためのサプライズプレゼントやサプライズイベントのシーンってよく出てきますが、私はそういうシーンを見るたびに「これ、OKなの?」と違和感を感じることが多かったのですが、あのサプライズ何とかってのは、少なくとも日本の文化には馴染まないらしいので、ノリだけで真似しないほうがいいらしいです。)
自来也が尋問した下っ端忍者が、「ペイン様は“山椒魚の半蔵”につながる者たちを皆殺しにした」と言った時はぞっとしましたが、そうなるまでの経緯を知るうち、ペインや小南の側にも大いに感情移入できてしまう要素がどんどん出てきて、あー何だか複雑な気持ちだ……。
はっ、私、さっきから何度も「ペインと小南」って書いてますが、小南って今、どこで何してるんでしたっけ? WJ46号を最後に見ていないんですけど……。
++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の遡及コーナー。 去年のWJ52号でのサブタイトルは「シカマルの戦い!!」でした。 “暁”側では、二位ユギトが抱えていた“二尾”の封印が終わり、飛段と角都が再び木ノ葉へ向かい、この2人の影を、シカマルが“影真似手裏剣の術”で地面に縫い止めた回です。(掲載巻は『NARUTO 巻ノ37 (37) (ジャンプコミックス)』。) この52号の回は第332話なのですが、それから遡って飛段と角都が“二尾”を捕獲したのって、巻ノ35の第312話なんですよね。 捕獲の描写から封印の描写まで、ずいぶんと間が開いたなあ(ってこれ、前回の遡及コーナーからのコピペ&部分改正)。
あ、見開きカラーページで、第2部のナルトの身長が166cmだと公表された回でもあります。 原作第2部スタートからけっこう経ってから(約1年10ヶ月後)の公表だったんですね。 あんときゃ、ネット上で「166cm祭り」が起きて、それを全然予想できていなかった私は、びっくりしたものだった。 (その時の記事はこれ→181cm、166cm、151cm。さあそれぞれ誰の身長でしょう?)
一昨年のWJ52号でのサブタイトルは「“根”の者!!」でした。 ヤマトが、部下3人に任務の目的と内容を説明し、一時解散した後、自室で出立の準備をしているサイのところに、面を被った暗部の者が現れて「極秘任務」の念を押し、一方で、綱手とサクラが話しているところにダンゾウが現れて、綱手に二言三言嫌味を言って立ち去り、そしていよいよ新カカシ班が里を出立する回です。(掲載巻は『NARUTO (巻ノ32)』。)
この「サイのところに来た暗部の者が被っていた面と、天地橋へ向かう途中の宿でヤマトが(読者にだけ向けて)見せた面のデザインが同じだった」って伏線、まだ消化されてないですよね? これから生きてくることってあるんだろうか、もう2年も経ってるのに……でも、ナルトの出生の秘密(のうちの一部)とか、第1話で出てきた四代目火影の名前とかが明かされたのなんて、連載開始から8年近く経った時だったしな、まだ何が起きるかわからないと覚悟しておこう。 自来也も、雨隠れの里に向かう前に、綱手には“根”について注意喚起してたし、“根”出身のサイも1人だけ、ここのところずっと姿を見せてませんしね。
何だか、この「遡及コーナー」、回を追うごとに長くなっているような気が(あるいは、長くなっていきそうな予感が)する……。 一昨年の今(つまり2年前)頃にWJに掲載された回については、私は1話ずつの感想って書いていないので、このコーナーのため簡単にエピソードを拾うだけのつもりでコミックスを読み返しても、「あー今思うとあれは」「うー後から考えればこれは」のオンパレードになっちゃうんですよ。 また、「NARUTO疾風伝」の進行具合が、ちょうど原作の2年前に合わせられている(らしい)ので、そっちから受ける刺激もありますしね。
まあ、エピソードをおさらいするのは自分の読解に役立つので、楽しいんですけどね。 この「遡及コーナー」を何回かやって気づいたのは、コミックスを読み返していて「え、こんなシーンあった?」とか「え、こんな台詞あった?」とか思うことは滅多にないんですが、「一つ一つのエピソードが描かれた順番については、かなり記憶がメチャクチャだったと気づく」ということは結構あった、ってことです。
あ、この遡及コーナー、このままずっと続いて2年目に入ったら、その時は、今「去年はこうでした」と書いている部分を「一昨年はこうでした」とちょこっと書き換えて、そのまま使えるな、よし。(←何だか得した気分になったらしい(笑))
テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック
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