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よつばとリアル段ボール箱たち。

リボルテックダンボー↓って、まだ一般には発売になってないんですね。
先日、販促用の見本が店頭に置かれていたのを見たので、もう発売になったんだとばかり思っていたのですが。
見本のダンボーは、思っていたより大きかったです。

リボルテック ダンボーリボルテック ダンボー
(2007/12/01)
不明

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で、販促用のこの見本↑を見たら、以前の職場を思い出してしまいました。
段ボール箱が積まれた山の谷間に机が置かれているような環境の、以前のあの職場を(笑)。
そこは倉庫ではなく、デスクワークのためのオフィスだったはずなのですが、何であんなに段ボール箱が積まれていたんだろう……。
用事があって他の部署に行くと、同じビルの中なのに、「段ボール箱なんて積まれていないのはもちろん、床の近くに置かれているのはゴミ箱だけ」という光景にびっくりしたものでした。

もしかしたら、文字通り「陣取り合戦」に負けて、あの狭いスペースに押し込められていたのかも知れない、私がいた部署は。
おまけに、いつの間にか他部署からも「ここには段ボール箱を積んでおいていい場所なんだな」と思われていたらしく、どこの部署に帰属しているのかわからないような段ボール箱までが、あの部署のスペースに置かれていたもんな。

私は1ヶ月くらい前、「よつばや風香のフィギュアは飾っておく場所を選びそうですが、ダンボーなら、職場の机の上に飾っておいても、それほど違和感なく馴染んでくれそうじゃありませんか?」などと書いていましたが、(よつばとシルバーペンダント。)、あの段ボール箱で埋め尽くされたオフィスでは、「机の上にまでそんなものを置くな!」と怒られていたかも知れない(笑)。



テーマ:よつばと! - ジャンル:アニメ・コミック


ピカチュウの身長と体重の秘密。

ポケモンの秘密 (小学館文庫)ポケモンの秘密 (小学館文庫)
(1998/05)
ポケモンビジネス研究会

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先日、某様とコメントのやり取りをしていて、「ピカチュウの色が黄色なのは、ひよこのイメージを重ねているのではないか」という話になりました。
「小さくて可愛らしい」「性別が曖昧」「ちょこまかとよく動く」「鳴き声が単純」などなど、ピカチュウとひよこって、共通点が多いと思うのです。

「ねずみポケモン」としてのピカチュウのデザインについては「モデルはゴールデンハムスター」とか「モデルはナキウサギ」とか、いろいろ説があるようですが、「色が黄色なのはなぜか」ってことについては聞いたことがなかったので、大いに盛り上がりました。
(まあゴールデンハムスターも黄色といえば黄色ですが、本物のゴールデンハムスターの毛色って、ピカチュウよりはどっちかというとライチュウに似ている気がするし。)

「小さくて可愛らしい」と書きましたが、ピカチュウって、「身長40センチ、体重6キロ」という設定なんですよね。
ピカチュウってよくサトシの肩とか首の後ろとかに乗ってますけど、実際に6キロの動く生き物に乗られたら、サトシくらいの身長や体格で、あんなに平然としていられる子はほとんどいないと思います。

それとも、あれか、F1のレーサーなんかは、カーブで首にかかる遠心力に耐えるため、首の筋肉を鍛えるための特別なトレーニングをしているそうですが、サトシも、ピカチュウを肩や首の後ろに乗せるためのトレーニングを、カメラに写らないところでやってるのだろうか。

マスコットや縫いぐるみで、「等身大」ってものはよくありますが、「重量が同じ」ってものは滅多に見かけませんよね。
ピカチュウの等身大の縫いぐるみは玩具屋さんでよく見かけますが、箱を持ち上げてみると、6キロなんて全然ありません。
「スカッ」という感じで持ち上げられてしまいます。

あれがもし、「等身大、同重量」だったら、買っていく客は激減するだろうな。
お米5キロだって持って帰るのは大変なのに、それ以上の重さですからね。

試しにピカチュウのBMIを計算してみたら、「6÷0.4÷0.4=37.5」でした。
この数字だけ見ると、けっこうぽっちゃり気味ですね(笑)。
でも、日常的にあれだけ体を使って戦っていれば、メタボでは絶対ないだろうけどな、力士と同じで。

上の本は9年半くらい前に出たものですが、それから9年くらい経った今年の春に発売されたのが、この縫いぐるみ↓です。
ピカチュウも、年を経るにつれ、ぽっちゃり感が若干薄れ、ほんの少しスレンダーになっているそうですが、上の本の表紙と下の縫いぐるみを見比べると、それがわかりますね。

ポケットモンスター ポケモン 1/1ぬいぐるみ DP ピカチュウポケットモンスター ポケモン 1/1ぬいぐるみ DP ピカチュウ
(2007/05/17)
不明

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WJ52号『NARUTO』第379話「自来也の選択!!」の感想。

今週は絶対に扉絵はないだろうなと思っていたので、あったのにはびっくりしました。
今頃気づいたのですが、髪をダウンにしているペインって、ネジにちょっと似てますね。

この回が巻ノ41の最後に来るはずなので、巻ノ41にはナルトは登場しないということが確定しました。
(これで表紙にナルトがいたら、すごいフェイントだな(笑)。)
(2007年12月4日訂正:43号に、一瞬ですがナルトは出てました!(汗))

さて、「母ちゃん」が、「この歌はノドを痛める」と愚痴っていましたが、発声方法に問題があるのでは?
正しい発声の基本は、頭に響かせること……と思ったのですが、蛙の体形からして、「頭に響かせる」ということは、果たして可能なのだろうか。
「喉を使う」しか、声って出ないのかもな。
それにしても、「こんなに小さい体なのに、よくこんなに大きい、遠くまで響き渡る声が出せるなあ」と思わされてしまう生き物っていますよね。
蛙もそうですが、他には鈴虫とか、小鳥とか。
あ、人間の赤ちゃんもそうだな。

そ、それにしても自来也、「油断はするな」と言っておきながら、あの立ち去り方はまずいよ……!
「倒れている人間(敵)に正面から近づいたり、逆に、自分が背を向けて立ち去ったりしてはいけない」って、基本中の基本でしょうが!
まああの場合、倒れたペインたちに背を向けていなくても、どの道、背後は取られていたんだろうと思いますが。

ところで、「ペインは全部で6人いる」ってこと、読者は知ってますが、自来也は知っていたんでしょうか?
知らなかったんだとしたら、3人倒した時点で油断してしまうのも無理はないかも……。
相手はただの敵ではなく、昔の教え子ですし、その教え子を敵として見なくてはならないという状況から一刻も早く脱したいという気持ちも、無意識レベルであったかも知れないし。

WJ48号の第376話「予言の子!!」の中で、自来也は大じじ様に、「大きな変革」「世にそれまでにない安定をもたらすか……破滅をもたらすか そのどちらかの変革じゃ」「お主はその変革者を導く者じゃ」と言われていましたが、自来也は当然、「世にそれまでにない安定をもたらす」ほうの「変革」を望み、それをペインに(というか長門に)託していたらしい。
これは、師としての自然な感情でしょうね。

ただ、「痛みで世界を導くより、痛みを乗り越えたお前の力でそれを成し遂げて欲しかった」という言葉はどうなんだろうなあ……。
WJ44号での小南の「今さら私たちの前に現れて何のつもりだ!?」という言葉や、WJ46号でのペインの「アナタは知らなくていい…しょせん外の人間だ」という言葉からして、ペインの胸のうちには、「たった3年間ついていてくれただけで、さっさと自分の里に帰ってしまって、その後のことは何にも知らないくせに、勝手に『痛みを乗り越えた』扱いすんなよ(怒)」という気持ちが湧き上がったんじゃないだろうか。
(そんな人間的な感情の湧く余地があれば、だけど。)

痛みや苦しみに見舞われた人間が、それを乗り越えたかどうかなんてことは、ハタから見ているだけではわからないことも多いですからね。
「ボクはただ2人(弥彦と小南)を守りたい。どんなに痛みが伴うことがあったとしても」と言った時の長門を思い返しても、「あんな小さな子供が、健気なことを言うなあ」とは思いますが、「この子は痛みを乗り越えた」と判断するのは早計だったんじゃないか、って気がします。

ペインや小南って、「幼くして親を失い、その後、愛情を注いでくれる大人は皆無ではなかったが、結局は道を踏み外してしまった」というパターンだと思うのですが、これって、大蛇丸や、サソリや、(今現在の)サスケにも当てはまりますね。
親代わりのように精一杯の愛情を注いでくれた者と、のちに死闘を繰り広げることになる、って点も。
(サスケの場合は、相手は「親代わり」ではなかったですが。)

大蛇丸と戦った三代目火影、サソリと戦ったチヨバアは、死力を尽くしながらも、相手に対して「お前が本当に望んでいたものを与えてやれなくて、済まなかった」と思っていたようなフシがありましたが、ペインと戦っている自来也にも、それは通じるものがありますね。
繰り返しますが、サスケと戦ったナルトだけは、サスケに対して「済まなかった」という気持ちは持っていないと思いますが。
(もしそれに近い気持ちを持っている者がいるとしたら、それはカカシだろうな。)

いきなり現実的な話ですが、よく「痛みや苦しみを経験した人間は強い」と言われますが、それはその痛みや苦しみを乗り越えることができた人間や、乗り越えるには至らないまでも、少なくとも乗り越えるきっかけを掴む程度のことはできた人間に限ることであって、痛みや苦しみのただ中にある人間は、新しい痛みや苦しみに対しては、むしろとても弱くなっているんだそうです。
だから、続けざまにつらい出来事に見舞われた人間は、間隔を開けて同じ出来事を経験した人間より、回復に何倍も時間がかかるそうです。
ましてや、子供の頃に次から次へとつらい経験をしてしまうと、その子の将来は、非常に難しいものになるとか。

(更に現実的な話ですが、何かショッキングな出来事があって苦しんでいる人に対して、慰めや励ましのつもりでサプライズプレゼントを贈ったり、サプライズイベントを企画したりする人たちがいますが、そういうことも、本当はしないほうがいいらしいです。
周りの人の側としては、嬉しい驚きを贈ってあげているつもりでも、それをされる本人にしてみれば、「驚かされること=恐怖、脅威」でしかないので、サプライズプレゼントやサプライズイベントも、「嬉しい驚き」になど、到底なり得ないから、だそうです。

アメリカのテレビドラマなんかを見ていると、慰めや励ましのためのサプライズプレゼントやサプライズイベントのシーンってよく出てきますが、私はそういうシーンを見るたびに「これ、OKなの?」と違和感を感じることが多かったのですが、あのサプライズ何とかってのは、少なくとも日本の文化には馴染まないらしいので、ノリだけで真似しないほうがいいらしいです。)

自来也が尋問した下っ端忍者が、「ペイン様は“山椒魚の半蔵”につながる者たちを皆殺しにした」と言った時はぞっとしましたが、そうなるまでの経緯を知るうち、ペインや小南の側にも大いに感情移入できてしまう要素がどんどん出てきて、あー何だか複雑な気持ちだ……。

はっ、私、さっきから何度も「ペインと小南」って書いてますが、小南って今、どこで何してるんでしたっけ?
WJ46号を最後に見ていないんですけど……。


++++++++++++++++++++++++++++++
今週の遡及コーナー。
去年のWJ52号でのサブタイトルは「シカマルの戦い!!」でした。
“暁”側では、二位ユギトが抱えていた“二尾”の封印が終わり、飛段と角都が再び木ノ葉へ向かい、この2人の影を、シカマルが“影真似手裏剣の術”で地面に縫い止めた回です。(掲載巻は『NARUTO 巻ノ37 (37) (ジャンプコミックス)』。)
この52号の回は第332話なのですが、それから遡って飛段と角都が“二尾”を捕獲したのって、巻ノ35の第312話なんですよね。
捕獲の描写から封印の描写まで、ずいぶんと間が開いたなあ(ってこれ、前回の遡及コーナーからのコピペ&部分改正)。

あ、見開きカラーページで、第2部のナルトの身長が166cmだと公表された回でもあります。
原作第2部スタートからけっこう経ってから(約1年10ヶ月後)の公表だったんですね。
あんときゃ、ネット上で「166cm祭り」が起きて、それを全然予想できていなかった私は、びっくりしたものだった。
(その時の記事はこれ→181cm、166cm、151cm。さあそれぞれ誰の身長でしょう?

一昨年のWJ52号でのサブタイトルは「“根”の者!!」でした。
ヤマトが、部下3人に任務の目的と内容を説明し、一時解散した後、自室で出立の準備をしているサイのところに、面を被った暗部の者が現れて「極秘任務」の念を押し、一方で、綱手とサクラが話しているところにダンゾウが現れて、綱手に二言三言嫌味を言って立ち去り、そしていよいよ新カカシ班が里を出立する回です。(掲載巻は『NARUTO (巻ノ32)』。)

この「サイのところに来た暗部の者が被っていた面と、天地橋へ向かう途中の宿でヤマトが(読者にだけ向けて)見せた面のデザインが同じだった」って伏線、まだ消化されてないですよね?
これから生きてくることってあるんだろうか、もう2年も経ってるのに……でも、ナルトの出生の秘密(のうちの一部)とか、第1話で出てきた四代目火影の名前とかが明かされたのなんて、連載開始から8年近く経った時だったしな、まだ何が起きるかわからないと覚悟しておこう。
自来也も、雨隠れの里に向かう前に、綱手には“根”について注意喚起してたし、“根”出身のサイも1人だけ、ここのところずっと姿を見せてませんしね。

何だか、この「遡及コーナー」、回を追うごとに長くなっているような気が(あるいは、長くなっていきそうな予感が)する……。
一昨年の今(つまり2年前)頃にWJに掲載された回については、私は1話ずつの感想って書いていないので、このコーナーのため簡単にエピソードを拾うだけのつもりでコミックスを読み返しても、「あー今思うとあれは」「うー後から考えればこれは」のオンパレードになっちゃうんですよ。
また、「NARUTO疾風伝」の進行具合が、ちょうど原作の2年前に合わせられている(らしい)ので、そっちから受ける刺激もありますしね。

まあ、エピソードをおさらいするのは自分の読解に役立つので、楽しいんですけどね。
この「遡及コーナー」を何回かやって気づいたのは、コミックスを読み返していて「え、こんなシーンあった?」とか「え、こんな台詞あった?」とか思うことは滅多にないんですが、「一つ一つのエピソードが描かれた順番については、かなり記憶がメチャクチャだったと気づく」ということは結構あった、ってことです。

あ、この遡及コーナー、このままずっと続いて2年目に入ったら、その時は、今「去年はこうでした」と書いている部分を「一昨年はこうでした」とちょこっと書き換えて、そのまま使えるな、よし。(←何だか得した気分になったらしい(笑))



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2008年カレンダーコレクション。(その4)〜NARUTOもの〜

漫画やアニメのカレンダーの制作って、前の年の6月頃から始まるものが多いと聞いたことがあるのですが、そうなんでしょうか。
6月と言われると、「え、その頃ってまだ、梅雨入りしたとかしてないとかが話題の時期なんじゃ?」と思ってしまうのですが、でも、10月頃にはもう製品を店頭に並べる必要があるわけですから、その企画書が出されるのは6月頃であっても、全然おかしくないですよね。

ということは、このカレンダー↓は、今年6月頃に制作が始まったってことなんでしょうか。
アニメでは「我愛羅死す!」とか「突入!ボタンフックエントリー」とかをやっていた頃でしたね。
このカレンダー↓、かなり目立つところに四代目がドンと載ってますが、今年の8月以降は、原作でも四代目にピンスポ当たりまくりでしたよね。

NARUTO-疾風伝-(A) 2008年カレンダーNARUTO-疾風伝-(A) 2008年カレンダー
(2007/09/24)
不明

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これ↓は、2005年用のカレンダーの絵ですが、「疾風伝」の今のオープニングナルトとサスケの絵は、これ↓がもとになっている(と思う)ので、載せてみます。
(この絵、簡単にかつ合法的に自分のブログに載せるにはどうしたらいいか考えていたら、アマゾンですぐに見つかったので嬉しかった!)

NARUTO―ナルト― 集英社コミックカレンダー2005NARUTO―ナルト― 集英社コミックカレンダー2005
(2004/11)
岸本 斉史

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冒頭の話に戻りますが、ちょっと意外な気もしたのですが、2007年(つまり今年)末までのアニメ版のカレンダーは、人物の顔つきや身長や髪型、衣装や小道具は、まだ原作第1部仕様なんですね。
そりゃそうだ、原作第2部をアニメ化した「NARUTO疾風伝」が始まったのは、2007年(つまり今年)2月だったから。
カレンダーだけ先に「NARUTO疾風伝」にするわけにいきませんもんね。
「原作の絵は第2部、アニメの絵は第1部」という状態は約2年間ありましたが、カレンダーについては、その状態は約3年間続いたんですね。

で、カレンダー制作のスケジュールについてぼんやり考えていたら、ものすごく今更ながら、気づいたことがあるのですが……。

遡ってみたら、

「原作第2部をアニメ化したものがオンエアされ始めるのは、2007年アタマより確実に後」ってことは、落ち着いて考えたら、遅くとも、2006年の9月か10月頃にはわかっていたはずでしたね。
2007年アタマの時点でアニメが原作第2部に入っていたら、2007年用のアニメ版のカレンダーも、オンエアに合わせて、第2部仕様になっていたはずですから。
でも、2007年用のアニメ版のカレンダーは、第2部仕様になっていなかった。
ってことは、「2007年アタマの時点では、アニメは第2部に入っていない」ということは確実だったんです。

同じパターンを、その1年前に当てはめれば、

「原作第2部をアニメ化したものがオンエアされ始めるのは、2006年アタマより確実に後」ってことは、落ち着いて考えたら、遅くとも、2005年の9月か10月頃にはわかっていたはずでしたね。
2006年アタマの時点でアニメが原作第2部に入っていたら、2006年用のアニメ版のカレンダーも、オンエアに合わせて、第2部仕様になっていたはずですから。
でも、2006年用のアニメ版のカレンダーは、第2部仕様になっていなかった。
ってことは、「2006年アタマの時点では、アニメは第2部に入っていない」ということは確実だったんです。

となります。

テレビアニメが原作第1部の終わりに追いついたのは2005年5月でした。
その後のテレビアニメのスケジュールについては、「2005年8月公開の映画が終わったらカカシ外伝、続いて原作第2部」とか「番組改編時期に合わせて、2006年10月から原作第2部」とか、散々ガセネタが飛び交いましたが、自分の目と手と足で情報を集めていれば、ガセネタにあんなに一喜一憂することはなかったんだな私も。
「忍者にとって情報がどれだけ大切で重要なものか」って、原作の序盤でイビキもあれだけ言ってたのに、私は全然学習してなかったらしい。(私は忍者じゃないですが。)

「自分の目と手と足で情報を集める」って、具体的にはどんなことだといえば、えーとその、この場合は、「アニメ版のカレンダーのデザインをチェックする」くらいしか思いつきませんが(殴)、逆にいえば、それだけでもやっておけば、1年9ヶ月の間、あんなにジリジリしながら「いつ第2部に入るんだ」と待たずに済んだ可能性は高かったんだな。

うーん、今頃こんな後出しの分析をしたところで、何の役にも立たないけどな。
話が飛びますが、私が昔バイトしていた事務所の所長は競馬が趣味だったのですが、その所長が馬券を外した後、私は何回か「あー、春の天皇賞って、昔から○○なんですよね」とか「××賞で勝った馬って、その後怪我することが多いらしいですよ」とか無責任なことを言っていたら、ある時「それだけいろいろわかってるなら先に言え!」と、半ば本気で怒られてびっくりしたことがありましたが、その時のことを思い出しました。
「情報は先に知らなきゃ意味がない」ということを、改めて思いました。
(あと、競馬で外した人間の前で、そのレースの分析をくどくどとしてはいけない、ということも(笑)。)

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テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック


『NARUTO』巻ノ40の感想。(その2)

噂によれば、今週のWJ52号にもナルトは出ていないとか……あー、これで、「巻ノ41には、ナルトは影も形も出てこない」ってのは決定だ……。
自来也と巻物ガエルの会話の中に、ナルトの名前だけは辛うじて出てきますが。
巻ノ41の表紙は「自来也VSペイン」かな……。
(2007年12月4日訂正:43号に、一瞬ですがナルトは出てました!(汗))

えーと、では、巻ノ40の、第361話(WJ32号)「弱点…!!」の感想です。

デイダラ、また口からカルラを吐き出して、サスケをその中に閉じ込めてますが、「これ、何だかデジャヴを感じるな」と思ったら、デイダラが敵を球状の物体の中に閉じ込めたり追い込んだりするのって、我愛羅と戦った時もそうでしたね。

デイダラ、自分は「ブチ、グッ、バッ」と、その球状カルラから離れて、粘土でまた鳥みたいなものを作ろうとしてますが、これって何のために作ろうとしたんでしょう?
この4ページ後に、デイダラが地面に落下しているところの描写がありますが、そこでの擬音や叫びが「ガサッ、バキ、ぐあ! ガサガサ、バキ、ぐぉっ! ドッ、ぐあ!」とえらく大げさなので、粘土で鳥を作って、それに乗って、ソフトランディングするつもりだったんでしょうか。
デイダラっていつも粘土鳥に乗って空中を移動していたから、粘土鳥なしで落下したときの受身を取る訓練なんてのはあんまりしていなかったのかな。

球状カルラを破って脱出したサスケに向かって、デイダラは落下しつつも、「終わりだ、喝!」とやってるので、「情けねェ駄作」であるあの粘土鳥を爆発させようとしたのかとも思ったのですが、1度目のC4の時も、「喝!」ってやってますからね、やっぱり、「情けねェ駄作」は、サスケに対して爆発させようとしたんじゃなく、自分が乗るためのものとして作るつもりだったんでしょうね。

「ガサッ、バキ、(中略)ドッ、ぐあ!」となりながらも、どうにか着地し、1人で勝利宣言するデイダラに、またも背後からの写輪眼。
「サスケVSデイダラ&トビ」戦になってから、爆発物と“千鳥”を使った遠距離戦が続いてましたが、ここでいきなり接近戦。
以前、中忍試験の時、森の中で「サスケVS我愛羅」になっていたところにナルトが現れたのを思い出しました。
あの時は、サスケに呪印が現れたり、我愛羅が“守鶴”になりかけていたりして、視覚的にいろいろと尋常じゃなくなっていましたが、そこへ現れたナルトがシンプルに我愛羅を1発ぶん殴ったのが、すごく新鮮に感じられたものでした。

デイダラが、チャクラの“性質変化”の優劣関係についてちゃんと知ってたというのは、言っちゃ悪いがちょっと意外でした(笑)。
もう一つの「写輪眼を相手にするときは、印は隠して結ばなきゃならない」ってポイントは、大した重要事項じゃないと思っていたのか、それとも、重要だとわかってはいたけど、実行している余裕がなかったのか……。
もしかしたらどっちでもなくて、自分の「芸術」をアピールしたいデイダラみたいなタイプは、「これをやるときは隠れてやらなきゃならない」ってことをしょっちゅう忘れるだけなのかも知れませんが。

デイダラ、一つ前の第360話で、「イタチとやり合った日からオレの左目は対写輪眼用として鍛えてたのさ」「幻術を解く訓練を怠るワケねーだろ!!」と言ってましたが、鍛えていたのは、本当に幻術に対してだけだったんですね。
そりゃ、他のことは、鍛えようがないですもんね。

「サスケVSデイダラ」の、この「土遁の印を写輪眼で見切り、接近して雷遁で直接攻撃」というパターンって、「カカシVS角都」の時もそうでしたね。
「粘土を使うデイダラは“土”の属性じゃないのか」
「サスケは“雷”の属性だから、“性質変化”の優劣関係からして、サスケの“性質変化”>デイダラの“性質変化”が鍵なんじゃないのか」
ってことは、勘のいい読者のお方は読めていたかも知れませんね。
私なんて、サスケの懇切丁寧な種明かしを読んでもすぐにはわからず、今もまだ何回も読み返しているところなんですが(笑)。

サスケって、写輪眼でチャクラを色で見分けられるだけじゃなく、細胞だの血管だのの中に入った超小型爆弾まで見えて、それを無効化できるんですか……むしろこれ、医療忍術に欲しい能力だなー。
マリー・キュリーもびっくりだよ。
ポロニウムと同じで、悪用したらえらいことになるんでしょうけどね。
(まあ、『NARUTO』に出てくる術って、大半はそういうものだけど。)

そして、「このサスケ怖過ぎる!」という声が全国じゅうから聞こえてきた、最後のコマ!
確かに、「薄暗いところで、写輪眼を発動させて、笑ってる」って、こんなに怖いものなんですね!
イタチとカカシがそれぞれ写輪眼を使うときを思い出してみたのですが、イタチはいつも無表情だったし、カカシはいつもいっぱいいっぱいだったし、2人とも、笑ってたことなんてなかったですよね。

サスケ、この回ではデイダラのことを「アンタ」って呼んでるんですよね。
サスケって、自分よりちょっとでも目上だったり年長だったりする相手のことは、「お前」じゃなく「アンタ」って呼ぶんですよね。
カカシのことも、イタチのことも、大蛇丸のことも「アンタ」って呼んでいるところを見ると、敵か味方かで呼び分けるんじゃなく、目上か目下か、年長か年少かで呼び分けているようです。
ナルトはたいていの相手を「お前」って呼ぶのに対し、サスケは自分よりたった1年年長であるだけのリーのことも「アンタ」って呼んでたし。
むしろ、サスケが「お前」と呼んでるのって、ナルトとサクラと、“蛇”のメンバーのことくらいかも知れない。

ふと思ったのですが、今までのうちは一族の中には、「写輪眼は持っているが、チャクラ特性は“雷”でも“火”でもない」って者はいなかったんでしょうかね。
皆無だったとも思えないんですが。
写輪眼と、“水”や“風”や“土”の特性が組み合わされたら、どんな術になるんでしょうね。

あと、この作品って、連載が始まった頃は、「カカシ、写輪眼、コピー忍者」ってのが3点セットのように扱われていたと思うのですが、その後、写輪眼使いとして登場したイタチやサスケが、他人の術のコピーをしている描写ってありましたっけ?
うーん、なかったような……でもそれは、「できない」んじゃなく「やろうとしていない」「やってもあんまり意味がない」ってことなんでしょうけどね。
特に、最近の話の展開ではもう、「他人の術をたくさんコピーできるかどうか」のほうではなく、「自分独自の術を編み出し、極めることができるかどうか」ってことのほうが重要視される感じになっていますからね。

他に、カカシがナルトに自己申告したように、「自分が持っていない“性質変化”を含む術はコピーできない」って制約もあったようですから、「写輪眼を持っている=いちど見た他人の術はコピーできて当たり前」ってものでもなかったのかも知れませんね。
コピー能力ってもの自体が、“性質変化”を四つも持っているカカシだったからこそ掴み取れたものだった、って可能性もありますし。
コピーマシンだって、紙とかトナーとか電気とか、他にいろんなものが備わらないと作動しませんしね(ってカカシを本物のコピー機扱いすんな!(笑))。


NARUTO 巻ノ40 (40) (ジャンプコミックス)NARUTO 巻ノ40 (40) (ジャンプコミックス)
(2007/11/02)
岸本 斉史

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テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック


「うろんな客」って誰のこと?

うろんな客うろんな客
(2000/11)
エドワード ゴーリー

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エドワード・ゴーリーの本を探しに本屋さんに行ったら、置いてあったのがこれだけだったので、これを買ってきました。

「この本には、英語の原文と日本語訳が両方載っているので、お得感がある」ということは何かで読んで知っていたのですが、買って読んでみて驚いたのは、日本語訳が「五七五七七」の短歌形式になっていることと、その訳を作るのに、歌人の水原紫苑が協力していたということ。

この作者の本って、一見、子供向けの絵本っぽいですけど、内容はかなりブラックなものや、風刺が効いたものも多いですからね……和訳も、短歌形式にして凝るくらいで、ちょうどつり合うのかも知れません。
(「外国語の韻文を自国語の韻文に訳す」って、やってみるとけっこうハマるんですよね。)

このエドワード・ゴーリーの本って、『不幸な子供』とか『おぞましい二人』とか『華々しき鼻血』とか、ぎょっとするような邦題に訳されていることが多いみたいです。
でも、あれってきっと、本のサイズと装丁だけを見た大人が、「子供向けの絵本だ」と勘違いして、子供へのお土産に買っていってしまうのを防ぐため、だろうな……などと、ふと思いました。

確か都道府県の教育委員会が、「有害図書」ってものを指定する基準を決めるんですけど、もし「子供向けの絵本に見せかけておいて、実は悪趣味ギリギリ図書」を指定する基準ってものがあったら、エドワード・ゴーリーの本って、大半がそれに引っかかるかも知れません(笑)。
(この『うろんな客』は、まだ可愛いほうだと思いますが。)




2008年カレンダーコレクション。(その3)〜よつばと2008年カレンダー〜

今日(11月24日)は満月でした。
今年の満月も、残すところあと1回なんですが、今年最後のその満月は、クリスマスイブらしいです。

さて、先々週あたりの朝日新聞に、リボルテックよつばの写真が載っていてびっくりしました。
いや、それはよつばの紹介記事ではなく「リボルテック何とか」についての記事だったし、写真もよつばのピンではなかったのですが、いっぱい並べられているリボルテック何とかの中で、いちばん手前のいちばん目立つところによつばがドーンといて、何の心の準備もしていなかった私は驚きましたよ。
(でもあれが、「リボルテックよつば」じゃなく「リボルテック綾瀬風香」だったら、もっと驚いただろうけど(笑)。)

よつばとカレンダー 2008よつばとカレンダー 2008
(2007/11/30)
よつばスタジオ+あずまきよひこ

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さて、『よつばと!』のカレンダーって、日めくりタイプのものがここ数年出ていたと思うのですが、これ↑って壁掛けタイプですよね?
卓上型のはないのかいな……机やテーブルの上でよつばの姿を見ていたい。
あ、そういう者は、新聞にも載っていた、リボルテックよつば↓を買ってくれということか?(笑)

よつばと リボルテックよつばと リボルテック
(2007/09/27)
不明

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でもこれ↑、職場の机の上に置くのはちょっと勇気がいるかも(笑)。
(繰り返すようですが、リボルテック綾瀬風香↓よりはマシでしょうけどね(笑)。)

よつばと! 綾瀬風香 制服Ver.よつばと! 綾瀬風香 制服Ver.
(2007/11/01)
不明

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これ↑、「制服バージョン」とありますが、制服じゃないバージョンも出る予定があるのでしょうか?
「ゴーヤのイラストや蛙のイラストの描かれたTシャツに、ボトムはジーンズ」とかいうバージョンのものでも出るのでしょうか(笑)。
でも考えてみたら風香って、学校の制服を着ているときより、私服を着ているときの登場回数のほうがよっぽど多いんだしな、あり得なくはないな。

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アニメ「NARUTO疾風伝」第35話「画蛇添足」の感想。

いきなりですが、10月から新しくなった今のオープニング、前奏なしでいきなり「ゆうあっまいっ!」というボーカルで始まるので、その瞬間はびっくりしませんか?
一つ前の「Hero’s Come Back!!」は前奏が8小節(多分)あったので、その前奏の間に、心の準備というか音量の調節というか、そういうことができたんですが、今のオープニングになってから、私は毎回「ゆうあっまいっ!」でびっくりしてます(笑)。

ところで今回、随所随所で妙に引っかかったのは、「サクラの髪の色って、あんな濃いピンクだったか?」ということと、「人物の、鼻の稜線がない絵が多すぎないか?」ということだったんですが。
前者については、サクラの髪の色のピンクが濃すぎるというより、今回は全体的に、光と影のコントラストがはっきりし過ぎていた気がするのです。
それがいちばん目立ったのが、サクラの髪の色において、だったみたいです。

後者については、「このアングルではいらないけど、こっちのアングルでは必要だろう!?」としか思えないところでも、鼻の稜線が描かれてなかった気がします。
確かに原作でもこのあたりって、鼻の稜線が描かれていない、真正面からの人物の絵が多いんですけど、アニメではアングルを問わず、鼻のない絵がもっと増えていた気がするんですが……。

では久しぶりに、「新カカシ班の顔合わせの場」「サイの自室」「カカシの病室」「綱手の執務室」「その他の場」と、場所別に感想をまとめてみます。


まず、新カカシ班の顔合わせの場
ナルトってば、ヤマトへの第一声が「おっさん誰?」って……(笑)。
第1部の「12歳ナルト、26歳カカシ」の頃より、今の「15歳ナルト、カカシの後輩であるヤマト」のほうが、年齢差は小さいはずなんだけどな。
サクラが「ヤマト、隊長?」なんて可愛い呼び方をしてましたけど、あんな可愛い呼び方をするのはこれが最初で最後でしょうね(笑)。

新カカシ班の自己紹介の「うずまきナルト」「春野サクラです」「サイと言います」のところ、ナルトとサクラの口調がものすごく不機嫌そうだったのがおかしかったです。
サイは、今のところ視聴者にしか見られていないシリアスな表情は、確かにサスケに似ていないこともないけど、新カカシ班の顔合わせの場で見せた、あの「笑顔の貼りついた」と呼ぶに相応しい表情は、いったいどこがどうサスケに似ているのだろうか……アニメでは、サスケとは全然違う声がついていたせいもあって、「サスケに似ている」感はより薄まってる気がしました。
原作でのサクラの「顔とか声とか……」の台詞も、アニメでは「顔とか物言いとか……」に変わってましたが、いやいや、アニメでも、あの時点では、サクラはまだ「サスケに似ているサイの表情」は見ていないはずだと思うが。
(確かに、笑っていなければ、似ていないこともないと思うんですが。)


次に、サイの自室
原作を読んだ時、サイの部屋が広いのにも驚いたのですが、広いだけじゃなく、けっこう立派なキッチンがついてるんですよね。
オーブンまであるし。(あれ、食器洗い機じゃないよな?)
手前側に置かれていたソファーの形状が、原作でも謎でしたが、アニメでも謎のままだったんですが(笑)。

サイの手袋は、親指の先と人差し指の先が露出するようにできてるんですね。
やっぱり、筆を持って絵を描くためでしょうか。
サクラの手袋は、指先まで覆われるようになってますけど、サクラがあの手袋をするときって、サイとは真逆で、指の繊細な動きなんかはいらないときだしな。
医療忍術を施すシーンでは、手袋外してるし。


次に、カカシの病室
カカシの寝ているベッドですが、あれ、掛け布団が薄すぎないか、っていうかあれ、ホテルのベッドと同じで、ちゃんとした掛け布団がないんじゃないか?
まあノースリーブで寝ているくらいだから、本人は寒くはないんだろうけど。

自来也がカカシに言った「締まりのない顔しおって」という台詞を聴いて、サクラだったら「カカシ先生はもとから締まりのない顔なんだから」と突っ込むぞ、と思っていたら、その直後、自来也がまさに同じことを言っていました。
自来也がサクラレベルなのか、サクラが自来也レベルなのか、それともカカシに対する認識って、作中人物はだいたいみんな同じなのか、どれにしても、ほんのちょっとショックでした(笑)。
でもまあ、作品中で顔についてしょっちゅう言及されてるのってカカシとサスケくらいですし、容姿に恵まれた男はそういう扱いを受けるってのが、『NARUTO』ワールドなんですね、きっと。
自来也がカカシの様子を見て、軽口を叩きつつも少しは本気で心配しているらしいということは伝わってきたのですが、カカシは自分のああいう姿は、自来也にはあんまり見られたくなかったかもな……まあ、もう見られ慣れてるのかも知れないけど。

カカシが自来也に「アイツ? 誰です?」と尋ねている台詞を聴いて気づいたのですが、そうか、この時点では、カカシはまだ、誰が自分の代行になったのか、知らなかったんですよね。
誰かが自分の代行になって、ナルトとサクラが危険な任務に出るってこと自体、詳しくは知らなかった可能性もあるし。
カカシが、自分の代行が誰なのか気にしている様子が、「あー、ナルトとサクラが心配なんだな」と思えて微笑ましかったです。

んで、自来也が例によって、カカシに対してナルト関連の情報を出し惜しんでいる(=カカシの代行が誰なのかをなかなか教えない)様子には、「またかよ」と苦笑いです。
アニメで新設されてる自来也とカカシの会話って、明らかにそういう点を強調してますね。

カカシの病室に、自来也、綱手、ヤマトが集まったあの病室シーンについてですが、あのシーンって、新カカシ班が顔合わせする前だったのか、後だったのか、どっちだったんだろうと思ったのですが、「後だった」ってことにはっきり決まったみたいですね。
綱手とヤマトも合流した後、自来也が、ナルトの2年半の修業の旅の中で、ナルトが九尾化しかけた時のことをどう話すんだろうと思っていたのですが、原作での「怒りが引き金となり」という台詞の直前までで、この病室シーンはぶった切られていました。

そりゃそうだ、今から思えば、修業の旅の中でナルトが九尾化しかけたのって、「怒りのせい」じゃなく、「自来也が意図的に、“ナルトの鍵”を緩めたから」だったんですもんね。
自来也が「怒りが引き金となり」なんて言ったものだから、当時は読者の間では「自来也はいったい、ナルトをそこまで怒らせるような何を言ったんだ、したんだ」という心配する声も上がりましたが、あの発言って今となっては、嘘だった可能性が高くなりましたよね。
(まあ、嘘とまではいかなくても、場当たり的というか、その場凌ぎというか。)
この病室シーンについては、2ヶ月くらい前、私はこんな記事(WJ42号『NARUTO』第370話「胸騒ぎ」の感想。(その3))を書いています。

自来也が自分の体の傷跡を見せるため服を脱ぐところ、何だか違和感があるなと思ったら、原作ではメッシュ状の服だったのに、アニメでは目の詰まった編み目の服に変わっていたからでした。
(季節柄、ユ○クロのヒートテックモイストインナーを思い出してしまいましたよ(笑)。)
あと、カカシに対するヤマトの態度はすごく嬉しそうだったのに、カカシのほうは「ヤマト、ねえ……(そのコードネーム、かっこ良すぎない? ま、オレにとってはコイツは「テンゾウ」だから、どうでもいいけどね)みたいな態度だったのが、ちょっと笑えました。


次に、綱手の執務室
ダンゾウって人も、何をどこまで本気でやろうとしているのか、(原作での初登場から2年経っても)まだわからないですよね。
原作を最新まで読んだ目でアニメを見ると、今の時点では、「サイに極秘任務とやらを割り当てておいて、自分はずいぶんと隙だらけの行動を取る奴だなあ」って気がするんですが。
自分のよく知らないサクラの前にわざわざ現れて、綱手に喧嘩を売るようなことを言うんですから。
本当に極秘任務を下すような立場にある者は、あんな形で人の印象には残らないほうがいいに決まってるのに。(わざと印象に残ろうとしたのなら、あれで大成功なんですが。)
ここにダンゾウが現れてあんなことを言ったせいで、のちに、サイが大蛇丸についていってしまった後、ナルト、サクラ、ヤマトが大蛇丸のアジトに向かう途上で、サクラがダンゾウの存在を思い出しますし、それがきっかけで、ヤマトが「ダンゾウは今の木ノ葉を潰す気かもしれない」という可能性を口にするわけですから。

(ヤマトはのちにこの仮説も撤回して、「サイの本当の目的は、サスケの暗殺だった」と結論づけますが。
でも、サイに割り当てられたのは、本当に「サスケの暗殺」だったのか?という疑問も、ちょっと残るんですけどね。
「サイの本当の目的は、サスケの暗殺だった」というのは、サイが落としていったビンゴブックを見たヤマトたちが思ったことであって、サイが最初からそういうつもりだったのかどうかは、どこにも描かれていないですし。
あのビンゴブックが現れたのだって、サイが大蛇丸のアジトに潜入した後に口寄せしたものなのに、ヤマトたちはそれを知らないから、「最初から、サイの本当の目的は、サスケの暗殺だった」と思ったらしいですし。)

そして、その他の場
ナルトの「今度の任務が成功すれば、サスケに一歩近づける」というモノローグを聴いて思ったのですが……。
確かになー、「この任務」では、数秒の間だけど、ナルトは尋常じゃなく「サスケに近づく」ことになるんだよなー、なァ…ナルト……と混ぜっ返そうとしたんだけど、この任務って、ナルトにとっては、達成感よりは喪失感を改めて感じる結果になるってことを、視聴者のこっちはわかっているので、混ぜっ返したそばから自分が落ち込みそうです(涙)。

今週は予想通り、ヤマトが「カカシ班これより出発する!」と言ったところで終わりました。
このシーンは、原作第285話の「“根”の者!!」の最後のページなのですが、この第285話のラストのコマでは、サクラの荷物の少なさに私は驚いたものでした(笑)。
今までは「ワンショルダーリュック&ウエストポーチ」が、任務(宿泊を伴う)のときのサクラの定番のスタイルだったのに、今回は、今までのウエストポーチより少し大きいだけのウエストポーチ一つ……。
普通ならいちばん荷物が多くなりがちな女の子が、4人の中でいちばんコンパクトにまとめてる……。
荷物が少なくて仕事のできる女は憧れです。

以前も書きましたが、「コールマン」っていうアウトドア用品メーカーの製品に、似た感じのウエストポーチがあるんですが、そのポーチには内容物がセットになっていて、その内容物がよりによって「ファーストエイド・キット」なのです。
だから、原作でサクラのこの新しいウエストポーチを初めて見た時、「あれ、コールマンのポーチ?」と思ってしまいました(笑)。

し、しかし、ラストの出立のシーンですが、こんな辛気臭い出立シーンは見たことがないんですが……見送りはいないし、メンバー同士の会話は全然ないし、音楽は寂しいし……。
見るからに不安な、任務の始まりとなりました(汗)。

ところで、今回のサブタイトルの「画蛇添足」って、内容のどの部分のことだったんでしょうか。
カカシ班にサイが加わったこと?
でも、カカシ班はサスケが抜け、カカシが抜け、もはや「蛇」の形を成していないのに、「足」を添えようがないだろうと思うのですが……っていうか、ナルトの所属している集団を「蛇」に例えるのは不自然だろうって気がするんですが。
『NARUTO』ワールドでは、「蛇」って特別な意味を持つ言葉ですからね。


次回予告で、新カカシ班の4人は、ヤマトの“四柱家(しちゅうか)の術”で建てられた家の中で、蝋燭(?)の明かりを囲んでいましたが、あれ、4人で「百物語」でもやってたんでしょうか。
あと、ナルト、温泉の中とはいえ、汗かき過ぎです(笑)。
ちゃんと水分を補給するように。


おまけコーナー(木ノ葉名作紹介)で、映画「イチャイチャバイオレンス」の看板を見上げるカカシの様子がありましたが、あれって、第101話「見たい 知りたい 確かめたい カカシ先生の素顔」からのワンカットですよね。
あの看板の向こう側に、ナルト、サスケ、サクラが隠れているんですよね(笑)。


今回は、珍しくリアルタイムで観ていたのですが、ちょっと早めにテレビをつけたら、「ポケモン」が来週は1時間スペシャルだというので、私はてっきり「疾風伝」は来週はお休みなのかと思ったのですが、「疾風伝」も来週は負けじと1時間なんですね。
そうなると、だいたい8時から9時までの時間帯になるわけだから、もう完全に夜の番組だな。

ところで、テレビを早めにつけて「ポケモン」を終わりのほうだけ観ると、オーキド博士が、再不斬の高めの声で喋っているのが聴けて、気分は一気に波の国に旅立てます(笑)。


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勝手に手帳販促キャンペーン。(その15)〜年末年始の転記ミス・転記漏れが不安?〜

今日(11月23日)は勤労感謝の日&小雪(しょうせつ)でした。
今年も残すところ1週間と1ヶ月。
もうそろそろ、来年の手帳を使い始めたというお方もおられるのではないでしょうか。

年末年始の手帳の問題といえば、「年始の時期は、『古い手帳に書いた予定を新しい手帳に転記した時、転記ミスや転記漏れがなかったか』と、毎日何となく不安になる」というものもあるようです。
これは「その12」で書いた「ダブルブッキングが不安」の逆パターンですね。

「年賀状を書くのと平行して、古い手帳に書いた予定を新しい手帳に書き写すのが、年末年始の習慣になっている」という人もけっこうおられるようなのですが、私はそれを初めて聞いた時、「年賀状を書くというただでさえ大変な作業があるのに、それに加えて手帳の転記までするの!?」と、びっくりしました。
私などもともと、どんなシチュエーションであれ、転記という作業そのものが面倒で仕方がなく、極力やりたくないもので(笑)。

「わざわざ転記するというのは、新旧の手帳を2冊持ち歩くのが嫌だからかな?」とも思ったのですが、転記ミスや転記漏れの不安があれば、結局は2冊持ち歩いてしまいませんか?
実際、不安があるなら、持ち歩いたほうがいいと思いますし……新旧2冊を持ち歩くといっても、せいぜい1ヶ月間くらいのことでしょうし、別に広辞苑を2冊持ち歩くわけじゃないですしね。(いや、広辞苑は1冊だけでも持ち歩くのは大変か。)

「古い手帳に書いた予定を新しい手帳に書き写す」ということをしている方々は、もしかしたら、年末年始という、ちょっと厳粛な感じの漂う空気の中、写経をするような気持ちで転記をしている、ということなのでしょうか。

システム手帳では、スケジューリングのためのリフィルを追加したり外したりするタイミングはユーザーの裁量で決められるので、新旧2冊持ち歩く必要は全くないし、転記する手間や漏れの不安も、「1年で1冊」式の手帳に比べれば、ないですよね。(ないというか、減らせますよね。)

「超整理手帳」もそうだろうと思っていたのですが……でも、「「超」整理手帳2008 週間スケジュールシート」にも、「次リフィルのための仮記入欄」という欄があるんですよね……しかも、4枚のシートに4枚とも……。
あの欄を使っているユーザーっているのかな?

でも、あの欄は最近になってできたものみたいだし、ということは、「次のリフィルに書き写さなきゃならないことをメモしておくための、専用の欄が欲しい」というユーザーの意見が多かった、ということなんでしょうね。
本当に「超整理手帳」を最小限の薄さ・軽さにして持ち歩きたい人は、「スケジュールシートは1枚分しか持ち歩かない」とかにしているのかも知れないし、そういう人には確かに、あの欄は便利かも知れません。


私がなぜ「転記嫌い」になったのかといいますと、これがまた、「その12」のときと同様、以前の職場に関係してまして……。

その時にいた課には、課員が社内のどこかに書類を提出する場合、相手先へ直接提出するのではなく、一旦、課の中で取りまとめる、というルールがあったのです。
例えば、経理課に出す書類はAさんが、総務課に出す書類はBさんが、課員から課長へ出す書類はCさんが一旦取りまとめ、1日の終わりに、まとめて提出先に持参する、というように。

これだけだったら別にそれほど特殊なルールではなかったと思うのですが、面妖千万だったのは、「書類を取りまとめた者が、書類をそのまままとめて提出先へ持っていく」のではなく、「書類を取りまとめた者が、提出用の別の様式に書き写してから、その様式を提出先へ持っていく」という決まりになっていたことです。

だから、書き写す段階での転記ミスや転記漏れが多かったの何の!

よく起きていたのは、休日に出勤することになったときに、「何時から何時まで出勤します」と事前に届けたはずのその時間帯や総時間数が、間違って届けられていた、というパターン。
これは休日出勤の割増賃金に関係してくるので、無視できません。
(給与計算が、タイムカードではなく、この届けた様式に基づいて計算されていたため。)

その次に多かったのは、休日に出勤する前に、「後日、この日に振替で休みます」と指定したおいたはずの日付が間違って届けられていた、というパターン。
これは、振替で休んだだけなのに、最悪の場合、「連絡なしの欠勤」として扱われていました。

他にも、「立替払いした交通費の額が間違って届けられていた」とか、「社内販売で買ったものの代金が間違った額で天引きされていた」とか、「食べた覚えのない仕出し弁当の代金が天引きされていた」とか、いろいろあったなあ。

周りの人たちがあまりにもしょっちゅうそういう被害に遭っており、私自身にも何回かそういうことがあったので、その後私は自衛のため、書類をどこかへ提出するときは、必ずコピーを取っておき、手元に残しておくようにしていました。
そのコピーがあったおかげで、「2ヶ月前に請求した交通費がまだ振り込まれていないんですが」とか「この日が欠勤扱いになってますけど、この日は欠勤じゃなくて振替休日のはずなんですが」とかの訂正も、他の人に比べるとすんなり通っていました。

でも、取りまとめて転記する人が悪いとばかりもいえなかったんですよね。
「何でこんな無駄な作業を」とイライラしながら転記する、その人の負担もすごかっただろうし。

また、各部署で書類を取りまとめて書き写す人は、「社員の名前、社員番号、時間や金額」などを別様式に書いて提出するわけですが、提出先から「社員の名前と社員番号が一致しないが、どちらが正しいのか」という照会もよくありました。
確認や訂正を求められたり、求めたりしていた経理課や総務課の人も、「何でこんな無駄な仕事が多いんだ」と、うんざりしていたことでしょう。
(嬉々としてやっていたのではないと思いたい(汗)。)

本当に、何で「別の様式に書き写す」などというルールがあったんだろう。
今でも不思議だ。
まだあのままなのかな、あのルール。

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WJ51号『NARUTO』第378話「一対一…!!」の感想。

今週って扉絵がなかったですけど、ここ数週ってどうなってましたっけ?
先週は8周年記念の巻頭カラーだったし、その前の週は休載だったし……。
何で気になるのかというと、縁起でもない話をするようですが、この漫画、「本格的な戦闘シーンになると扉絵がなくなる」という法則があるようなのですが、多くの場合、その戦いの果てに、長いことお馴染みだった誰かが死んじゃうんですよ。
デイダラのときも、アスマのときもそうだったし……。
うー、次の号に扉絵があるのかないのか、気になって仕方がないです。

「大じじ様」のことを「母ちゃん」は「大ボケじじい」と呼んでいるけど、「父ちゃん」は「大じじ様」と呼んでいるあたり、もしかして「父ちゃん」って、「大じじ様」に頭の上がらない婿養子だったりする?(笑)
自来也が、あんなに切羽詰っているのに、「母ちゃん」にちゃんと敬語を使っているのがおかしかったです。

しかしこの「自来也&二大仙人VSペイン」って、何歳同士の戦いなんでしょう。
自来也は53歳、二大仙人は自来也より年長、ペインだって四十路に入ってますよね?
遡れば、“三忍”の戦いは「3人とも50歳」だったし、「大蛇丸VS三代目火影」なんて「50歳VS68歳」でしたしね、少年少女の戦いに混じって、こういう年齢の者同士の戦いが描かれていて、それが違和感ないんですから、すごいですよね。
(まあ今回の「自来也VSペイン」については、自来也の若き日の姿や、弥彦&長門&小南の幼い日の姿がかなり披露されたので、「50代と40代の戦い」というだけではなかったですけど。)

あーそういえば、日本の人口のうち、75歳以上の人の占める割合が、調査開始以来初めて、10%台になったそうですね。
調査開始時の昭和25年には1%台だったそうですから、日本はもはや「高齢化社会」でも「高齢社会」でもなく、「超高齢社会」とか「超ド級高齢社会」と呼ばれるべき国ですね。

「歌で相手を幻惑する」といえば、ギリシャ神話の海の魔女セイレーン(「サイレン」の語源)だと思うのですが、それが『NARUTO』だと蛙の夫婦になるというあたり、やっぱり独特の世界観ですね……。
これからは私も、頭痛がしても眩暈がしても、「これは幻術だ」と思ってやり過ごしてみよう(最初のうちだけは)。
「病は気から」っていうしな。

ところで、今まで登場した幻術って、圧倒的に「視覚から入り込むもの」が多かったですよね。
今度の幻術は、「聴覚から入り込むもの」であるわけですね。
では、五感のうち、残りのものを検証してみましょう。

「味覚から入り込むもの」はどうでしょうか?
うーむ、そりゃ幻術じゃなく、ただ「一服盛ってる」ってだけじゃないか?
じゃあ「嗅覚から入り込むもの」は?
これも、幻術ってより、現実の世界で懸念されている「無差別テロ」に近い気がする。
じゃあ最後の「触覚から入り込むもの」は?
これも、幻術ってよりはむしろエロネタにスライドしていきそう……。

まあ実際には、「見ているはずなのに見えていない」とか「見たはずがないのに見た気になっている」とか「聞いているはずなのに聞こえていない」とか「聞いたはずがないのに聞いた気になっている」とかって、別に幻術とかじゃなく、「本人の思い込み」から来ていることがいちばん多いんですけどね(って身も蓋もない(笑))。

ところで、次の52号にナルトが出てこなかったら、巻ノ41はまるっきりナルトのいない巻になるんですけど、どうなるんでしょう……。
巻ノ39も巻ノ40も、表紙にはナルトはいなかったしなあ、「中身にも不在」って、今後はあり得ないことじゃないよなあ……。
じゃあその場合は、ナルトの絵があるのって「主な登場人物&あらすじ」のページだけになる?
巻ノ40の終盤から巻ノ41の終盤まで、アニメ化する時、ナルトの出番(っていうかナルト世代の出番)はどうなるんだ……。
(2007年12月4日訂正:43号に、一瞬ですがナルトは出てました!(汗))


++++++++++++++++++++++++++++++
今週の遡及コーナー。
去年のWJ51号でのサブタイトルは「第十班が行く…!!」でした。
“暁”側では、巨大亀みたいな“三尾”の封印が終わり、木ノ葉の里では、シカマル&チョウジ&いのの3人の出撃を綱手が止めようとするが、カカシ(右手を包帯でぐるぐる巻き)が加わると申し出たことで結局綱手は許可し、一方でイビキが換金所のオヤジの尋問を本格的に始め(そういえばあのオヤジその後どうなったんでしょうね)、ナルトの修業の進捗状況を、サクラが綱手に報告する回です。(掲載巻は『NARUTO 巻ノ37 (37) (ジャンプコミックス)』。)
この51号の回は第331話なのですが、それから遡ってデイダラとトビが“三尾”を捕獲したのって、巻ノ35の第317話・第318話なんですよね。
捕獲の描写から封印の描写まで、随分と間が開いたなあ。

一昨年のWJ51号でのサブタイトルは「新しい仲間…!!」でした。
綱手とホムラ&コハルが激論の末、ホムラ&コハルが折れる形となり、第2部になってからいのが初めて登場し、ヤマトが正真正銘初登場し、新生カカシ班が初顔合わせする回です。(掲載巻は『NARUTO (巻ノ32)』。)
アニメでいうと、先週の「結成!新カカシ班」のあたりですね。

このまま、「アニメは原作の2年遅れ」ってペースがずっと守られればいいなあ。
そうすれば、原作がもし来週終わってしまっても、その後アニメは2年間観られるから(ってこっちでも縁起でもないことを書くな(笑))。



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アニメ「NARUTO疾風伝」第34話「結成!新カカシ班」の感想。(その2)

この第34話「結成!新カカシ班」の感想は「その1」で締めたつもりだったのですが、その後思いついたことがあり、書かないで流すには忍びなかったので(ってほどのものでもないけど)、書いておきます。
要点は大きく分けて2点。

まず1点目。
えー、ものの本によれば、男の子と女の子の両方を産んで育てた経験のある女性は、のちに本当に本当に正直になったとき、「娘のおむつ交換をした時より、息子のおむつ交換をした時のほうが断然楽しかった」と口を揃えて言うそうですが……(って私はどういう「ものの本」を読んでいるんでしょうか(笑))。
サイのあの台詞の後の、ネット上での「祭り」状態を一望したら、何だかそのおむつネタに非常に近いものが流れている気がしてしまいました(笑)。

その流れの激しさたるや、カカシの“水遁・水龍弾(すいりゅうだん)”のごとく、ヤマトの“水遁・破奔流(はほんりゅう)”のごとく、いや違うかな、濃ゆさでいえばどっちかというと、イズモの“水遁・水飴拿原(みずあめなばら)”のごとく、と言ったほうが近いかな(笑)。
じゃあ、“水龍弾”“破奔流”の勢いで、水飴が流れていた、ということにしましょうか。(どうでもいい。)

FC2の「NARUTO」スレッドに上がっていた記事の大半でも、サイのあの台詞に関する記述が第1パラグラフに持ってこられていたみたいでした。
ただ、おむつネタと違うのは、その「祭り」の参加者には、経産婦と未産婦の両方がいたらしい、ってよりむしろ未産婦のほうが多かったらしい、という点でしたが。

んで、「男の子と女の子の両方を産んで育てた経験のある女性」で、なおかつ原作『NARUTO』を読んでいて、なおかつ前回の「NARUTO疾風伝」をご覧になっていたお方に伺いたいのですが、サイのあの台詞をお聴きになった時はやっぱり、息子さんのおむつ交換をしていた時の気持ちが何となく甦ってきたりしたのでしょうか?

――って、このブログのアクセス数からして、全部の条件を満たすお方がこの記事を読んでくださっている確率は小数点何桁以下だろうな。
じゃあこうしましょう。
今は未婚でも未産でも、未成年でも16歳未満でも、これから先、男の子と女の子の両方を産んでおむつ交換をする時が来たら、息子さんのおむつ交換の時、サイのあの台詞を聴いた時の気持ちが甦ってきたか、是非是非ご一報ください(って人任せかい、自分で産もうって気はないのかい(笑))。


次に2点目。
綱手が「カカシの離脱は予想外」って何回も言ってましたけど、あれ、本当に予想外だったことなんでしょうかね。
今までのカカシが辿ったパターン(きつい任務→帰還して入院)からして、そんなに予想外でもなかっただろうと思うんですが。
だいたい、綱手が長年の放浪を終えて木ノ葉の里に戻った時だって、カカシはイタチの“月読”を食らった後で、寝込んでましたしね。
まあ“月読”を食らったのは任務の最中ではなかったですが、逆にいうと「カカシは任務の後じゃなくても寝込むことがある」ということにもなりますし。
多分、“万華鏡写輪眼”を1人で開発した後だって、何日か寝込んで、綱手の世話になったと思うんですよ。

綱手にとって本当に予想外だったのは、「ナルトとサクラに2人補充して、すぐに次の危険な任務へ送り出さなきゃならない」ってことのほうだと思うんですけどね。
カカシの病室を出た綱手とシズネをサクラが追って、「6日後には天地橋へ行っていなくてはならない」と話したところで、綱手は初めて詳細を知る、ってことになっていたはずなので。

あの時点で既に、コハル&ホムラは、ダンゾウに「“根”から誰か1人推薦してくれ」と頼んでいたということには無理がないと思うのです。
多分、ナルトたちがまだ我愛羅奪還の任務に就いている最中のことだったんでしょうね。

でも、綱手は「2人分の枠を2人分とも、ダンゾウ側で用意してくると思ったのに」と訝っていましたが、綱手にとって「カカシの離脱は予想外」なんだとしたら、コハルやホムラやダンゾウには、それはもっと予想外だったはずでしょうし、「ナルトとサクラに2人補充してす