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『NARUTO』第364話「狙いは…!!」の感想。
昨日の朝方、珍しく、都心のほうまで出たのですが、途中で何回か乗り換えた電車の中で、私から普通に見える位置に、WJの『NARUTO』の部分を広げている人が3人もいました! 別に覗き込んでまで見ようとは思いませんが、自然に目に入る位置で見せられたら、見てしまいますよ!(笑) で、目に入ったページだけをもとに、感想を書いてみます。
(今まで、立ち読みしただけで感想を書いたのは何回かあったけど、人さまが『NARUTO』を読んでいるところがたまたま目に入って、そのページの記憶だけを頼りに感想を書くのは初めてです。 あ、これも一種の立ち読みか?(笑) ちなみに、WJを広げていた3人は3人とも、20代前半くらいの男性でした。)
目に入ったというか、頭に残ったのは、3点。
まず何といっても、あの見開きカラーページにはびっくり! WJを広げていた3人のうち2人は、あのページを広げたまましばらくページを繰らないでいました。 まあ、絵としてきれいだったのは確かでしたから、見とれていたのかも知れませんが(笑)、「よくここまで描いたなあ」と思っていたのかも、知れません。
で、私にはあの見開きページ、「360度を、180度に変換した絵」なのではなかろうか、と思えましたね。 つまり、あの見開きページだと、「2人はそれぞれ目を閉じて上を向いている」ということしかわかりませんが、それプラス、「実は背中合わせに立っていて、両手はお互いしっかりつないでいる」って心象風景なんじゃないか、と。
(もうオフピークの時間に差し掛かっていたとはいえ、朝方の通勤・通学の乗客でまだごった返している電車の中で、こんなこと想像してました……(笑)。) 更にいうなら、「上を向いていたから、背中合わせ」という解釈をしましたけど、もし俯き加減だったとしたら……いや、これ以上は書くまい書くまい。(←なら最初から書くな腑抜けが(笑))
あの見開きページの絵がきれいに感じられるものに仕上がっているのは、「ナルトとサスケの年齢が、15歳から16歳の間あたりである」ということに負うところが大きいかも知れませんね。 2人がもっと幼かったら、ただひたすらあどけない仕上がりになりそうだし、もっと年長だったら、あの表情や構図は少年漫画として不可でしょうし。 あ、これは、巻ノ38の表紙にしても、そうですけどね。 (あの見開きページも、巻ノ38の表紙も、バストショットやアップですけど、それは、ロングで描いたらもう既に「少年漫画として不可」になるからかも、などとも思います(笑)。)
「ここ数ヶ月、原作が同人誌みたい」という感想はあっちこっちで聞かれますし、私もそう思わないでもないですが、そう思う一方で、「ナルト世代が今の年齢だからこそできる演出を、今のうちにガンガンやって欲しい」とも思います。 (「そう思う一方で」「とも思います」じゃなく、本当はそっちを見たいんだろ、とは突っ込まないでください(笑)。)
そして次のインパクトは、ひたすらイタチを気遣う鬼鮫。 ここ数週の間、「何を差し置いてもイタチを気遣う鬼鮫」って光景、よく見るような気がするのですが、そのおかげで(特に成人女性読者の間で)鬼鮫の株ってけっこう上がったんじゃ?
(ちなみに私は、アニメ「NARUTO疾風伝」のおまけコーナーで、「どうせ私はイロモノです」と言っていじける鬼鮫の姿に、激しく共感を覚えました。 うんうん、イロモノ扱いされる苦しさつらさは、私もよくわかるよ。 いや、かつて私が周りから受けていた扱いは、「イロモノ」というより、「どうせすぐ消えるに決まってるキワモノ」だったな、今思うと(笑)。)
アニメで鬼鮫を演じている檀臣幸(だん・ともゆき)って、昔NHKでやっていた「ビバリーヒルズ青春白書」で、マット・ダーニングという弁護士の役の吹き替えをやっていたのですが、このマットというのが、要領良く立ち回るのが得意なタイプでは決してないものの、苦しい裁判でもクライアントのために熱弁を振るい、恋人のためには誠を尽くし、家族のことも思いやり……って役柄だったのですよ。 なのにマットは、最後は結局、自分の誤解と早とちりから、恋人との婚約がおじゃんになってしまうという悲しい経験をするのですが、この報われなさが、何だか鬼鮫の境遇に通じるような気がしてきました。
あと、イタチって、自分の感情や体調がどうであっても、それを自分から進んで言うことって、滅多になかったですよね? 今まで、読者や視聴者が「あ、イタチ、疲れたらしいな」とか「これこれこういうことをするつもりはないんだな」とか察するのってたいてい、鬼鮫が解説するのを聞いて、じゃなかったですか? 思えば、イタチと共に初登場した時の鬼鮫の台詞は、「ガラにも無い…故郷にはやはり未練がありますか?アナタでも…」でした。
作品世界の中で鬼鮫がイタチを気遣いまくっているのはもう疑う余地がないですが、同時に、「読者、視聴者」という、いわば「作品にとってのクライアント」がイタチの状態を把握するために、鬼鮫が果たしてきた役割の大きさって、実はものすごいものがあるのではないでしょうか。 (まあ、鬼鮫がどれほどイタチを気遣ってあれやこれやと踏み込んだ問いかけをしても、イタチがそれに本気で答えているって保障はどこにもないんですが……って、それを言っちゃおしまい?(笑))
最後に、「黒幕=トビ=うちはマダラ=写輪眼使い」だったということについて。
「黒幕=トビ」 「黒幕=うちはマダラ」 「黒幕=写輪眼使い」 「トビ=うちはマダラ」 「トビ=写輪眼使い」 「うちはマダラ=写輪眼使い」
の中で、どれに驚いてどれに驚かなかったかといいますと……。 (何だかこの羅列、数学の「順列・組み合わせ」を思い出すな……。)
驚いたのは「黒幕=トビ」「黒幕=うちはマダラ」「トビ=うちはマダラ」ですね。
「うちはマダラ=写輪眼使い」であることは、前に九尾がナルトとサスケに言っていましたよね。 (サスケは一応受け答えしていましたが、ナルトがあの話の内容をちゃんと理解して覚えてくれているかが、ちょっと不安だ(笑)。)
「トビ=写輪眼使い」も、「トビ=オビト」ではないか、という説を以前から聞いていたおかげで、あんまり驚きませんでした。 (「トビ=オビト」ではないか、という説は、「トビ=写輪眼使い」という部分だけ当たりましたね。 もう今後は、これに加えて「トビ=オビト」ってことは、ないと思います……。)
「黒幕=写輪眼使い」ってのも、まあ黒幕なら何でもありじゃないの?という意味で、これもそう驚きませんでした。
それにしても、写輪眼使いって、男ばかりですね。 写輪眼って、「うちは一族の者のみが開眼し得るもの」であって、「うちは一族の男のみが開眼し得るもの」ではないはずなのですが、今のところは、写輪眼使いとして登場した5人は全員男です。 私は、うちは一族皆殺しの前には、女にも写輪眼使いにはいたんじゃないかと思いますが。
ただ、『NARUTO』という作品は、うちは一族皆殺しから5年か6年経っている、というところから描写がスタートしてますからね、開眼し得る者の頭数はただでさえ減ってしまっていましたし。 それに、写輪眼って、殺傷につながるような攻撃の場面で使われるのが大半なので、女が写輪眼を使っている場面って、今となってはなかなか想像しにくいです。
そういえば、トビがアニメに登場するの、そう先のことではないのでは? 原作では、「サソリVSサクラ、チヨバア」と「デイダラVSナルト、カカシ」が終わった後に、すぐ出てますからね、アニメ独自の演出では、もっと早く出てくる可能性もありますね。 サソリは、ヒルコの中にいたときと出てきたときとで声優が変わりましたが、トビは、デイダラの下っ端扱いされていたときと、“暁”の黒幕として登場するときとで、声優は変わるんでしょうか、変わらないんでしょうか。
サソリは変わって正解だったと思うけど、トビの場合は変わらないで欲しいな……そのほうが、視聴者としては二面性が楽しめると思うし……。 (「変わらないで欲しいな」って、トビは、デイダラの下っ端としてすら、まだアニメに出てないけど(笑)。)
今、過去の記事を振り返ってみたら、コミックスの感想じゃなく、WJの感想をリアルタイムで書いたのって、約3ヶ月ぶりでした! 第350話「衝撃の報せ…!!」以来です。 この「衝撃の報せ…!!」は今週の金曜日に発売予定の巻ノ39の冒頭に来る回です。 どれだけ前なんだってことですね。 あー、巻ノ38の感想の最後の部分もまだちゃんとまとめていない。 急げ急げ(笑)。
テーマ:NARUTO - ジャンル:アニメ・コミック
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