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「侍女の物語」って映画を知っていますか?(その1)
『侍女の物語 / マーガレット アトウッド』
今から20年くらい前、カナダで、一つの小説が発表されました。 それが『侍女の物語』です。 取り上げておいて何ですが、私はこの小説は読んでおらず、映画化されたものを観ただけなのですが、その時の記憶と映画のパンフレットを頼りに、ストーリーを思い出して書いてみます。
物語は、「近未来、アメリカで、キリスト教原理主義の教団がクーデターを起こし、政権を握った。その頃のアメリカでは、環境汚染、原発事故、遺伝子実験などの悪影響により、ほとんどの女性が不妊の身になっていた」というところから始まります。
新政権は、出生率の低下対策としてまず、国民を、支配層と被支配層に徹底的に分けます。 未成年者や、反体制の者は、強制キャンプ場へ送られます。 そして白人の女性は、「妻」「家政婦」「子供を産むための道具=侍女」のどれかに分けられることになります。 (原理主義なので、「この世には、支配する者と支配される者が存在するのは当然のことである」という聖書の教えを、そのまま実行しているつもりなのです。)
で、被支配層の白人の女性のうち、検査の結果、妊娠できると判定された女性は、家族と引き離され(抵抗した家族は殺されることもある)、それまでの仕事も資産も剥奪され、1箇所に強制収容されて、「名誉ある地位である侍女」であることを表す真っ赤なドレスを着せられ、侍女となるための教育訓練を受けさせられます。 教育訓練を受け終えた女性は、改名させられて、支配層の、子供のできない夫婦のもとへ、子供を産むための侍女として派遣され、監視下に置かれることになるのです。 (改名後の侍女の名前がどういうものになるかは、派遣先の夫婦の、夫の名前にちなんで決められます。 例えば、夫の名前が「マーク」なら侍女の名前は「オブマーク」、「マイケル」なら「オブマイケル」、「ジョン」なら「オブジョン」というように。 「オブ」は「Of」であり、それぞれ「マークのもの」「マイケルのもの」「ジョンのもの」という意味になります。)
侍女がその夫婦の夫の子供を産めば、生まれた子供は夫婦の妻の子供とされ、「妻の『子供を産めない女であるという不名誉』は取り除かれる」ということとされます。 (このあたりも、聖書の言葉を原理主義的に解釈しています。 聖書にも、「子供のできない妻が、自分の侍女を夫に差し出し、その侍女が夫の子供を産むと、妻は『神様は私の恥を雪いでくださった』と感謝した」というエピソードがあります。) 先ほど、「侍女は真っ赤なドレスを着せられる」と書きましたが、公式な場では、子供のできない妻は、そのことを表す「真っ青なドレス」を着ることが定められています。
そして、子供を産んだ侍女は、使命を果たした者として崇拝され、その後はそれなりの待遇が約束されます。 しかし、脱走を図って失敗したり、反体制的な言動を示したりした侍女は、絞首刑により公開処刑されます。 また、いつまでも妊娠できなくて子供を産めない侍女は、侍女の地位すら追われて、その後は危険な有毒廃棄物を扱う清掃婦とさせられ、短い生涯を終えるという運命が待っているのです。
このディストピアのような状況の中、夫を殺され、幼い娘と引き離され、侍女とさせられたケイトという1人の女性が、決して希望を捨てず、自分の判断力を信じ、行動し、自分の人生をどう切り開いていくか、というのが、映画「侍女の物語」のテーマの一つでした。
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テーマ:少子化問題 - ジャンル:政治・経済
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