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ココロとアタマに残るうた。~知らずしてわれも撃ちしや~

最近、この歌を知りました。



知らずしてわれも撃ちしや春闌くるバーミアンの野にみ仏在さず

(しらずして われもうちしや はるたくる バーミアンののに みほとけまさず)


詠まれたのは、2001年。

作者は、皇后美智子様(!)。


この歌について、以前、宮内庁のサイトには、このような「解説」が載っていたようです(今は削除されてしまったようですが)。

++++++++ここから引用++++++++++++++++

(背景説明)

春深いバーミアンの野に,今はもう石像のお姿がない。人間の中にひそむ憎しみや不寛容の表れとして仏像が破壊されたとすれば,しらずしらず自分もまた一つの弾たまを撃っていたのではないだろうか,という悲しみと怖れの気持ちをお詠みになった御歌。


++++++++ここまで引用++++++++++++++++


この掲出歌が、どうしてワタクシの「ココロとアタマに残」ったのかといいますと。

ワタクシ、今から約2年半前、こんな記事を書いていたのですよ。

東日本大震災から、1年と6ヶ月。~顔はきれいかな?~

2年半前のこの記事では、大田美和さん(英文学者でもあり歌人でもある)というお方の、

ひとひらの不安もなくて文学をたしなむ人の手はきれいだな

という歌を引用させてもらいました……引用だけじゃなく、ちょっともじらせてもらいつつ。

もじった結果はこれ。

ひとひらの自戒もなくてバッシングをしまくる人の顔はきれいかな?


東日本大震災の発災から1年半くらい経った頃って、「政府へのバッシング」「東電へのバッシング」「(なぜか)被災者へのバッシング」が一段落し、飽きっぽい人たちの矛先が、震災に関係ないものへとシフトしていた頃だったんですよね。

そういう、熱しやすく冷めやすい人たちの様子を見ていて浮かんだのが、上記の「顔はきれいかな?」の歌でした。


でも。
「人間の、自戒のないさま」を恐れる気持ちを詠んだ歌としては、掲出歌である「知らずしてわれも撃ちしや」の、足元にも及ばない、及ぶべくもない(汗)。
引きつけて比べることすら、おこがましい(汗)。

だいたい、「顔はきれいかな?」の歌には、肝心の「自分を戒める姿勢」が全然ないではないか、「バッシングをしまくる人」たちをひたすら非難がましく詠んでいるだけで(汗)。

まあ、そもそもがひと様の作品のパクリなので、そこは(自分で自分を)大目に見ることにしよう(オイ(汗))


でもね。
「バッシングをしまくる人」たちのことがやり切れない、ってのは、ほんとのこと。
そして。
「バッシングするほどの関心すら、もうない人」たちのことがやり切れない、ってのも、またほんとのこと。

このことについては、また別の記事で書くとしようか。



さて、美智子様の歌は、こちらで読めるようです。

皇后美智子さまのうた皇后美智子さまのうた
(2014/06/06)
安野光雅

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大田美和さんの歌は……この歌集は、今も入手できるのかな?

きらい―大田美和歌集きらい―大田美和歌集
(1991/06)
大田 美和

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図書館に行けば多分、閉架図書の扱いになっていて、借りられるとは思うけど……文庫で出してくれればいいのになこれ。


私の歌集はありません、悪しからず。(誰も聞いてない)



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ココロとアタマに残るうた。~「I、愛、会い」~

久々の「ココロとアタマに残るうた。」です。

取り上げるのは、「I、愛、会い」
演奏は、ghostnote(ゴーストノート)。

テレビアニメ「銀魂」の、2008年10月から12月までのエンディングに使われた曲です。


2011年3月11日後、被災者を力づけようとする歌や、被災地の復興を祈る歌が、たくさん作られました。

そういう歌には、良いものも多いんですが、私はどっちかというと、

「3.11の前に発表された歌」
で、なおかつ
「この歌、まるで震災の後の、この国の人々の思いを予言してたみたいだ……と思わされる歌」

のほうに、より揺さぶられます。

(※ 「I、愛、会い」が発表されたのは、2008年秋です。)


で、いったん話は変わりますが。

福島をまるで「穢れた土地」みたいに、福島に住む(又は住んでいた)人たちをまるで「穢れた、忌むべき者たち」みたいに見る風潮は、今より、発災直後のほうが強かった気がします。
「福島から他県へ避難しようとした人たちが、途中で立ち寄ろうとした飲食店で、入店を断られた」とか、「入店はできたものの、他の客たちから不自然に隔離された席に通された」とか「福島ナンバーの車が、ガソリンスタンドで給油を断られた」とかの話も、聞きましたし。

しかも、そういう出来事は、福島の原発の電気を使っていた首都圏でも、多数起きてたんですよね。

しかもしかも、首都圏じゃ、あの巨大地震が起きて福島の原発がトラブルを起こすまで、「自分が使っていたのは、あの原発で作られていた電気だったんだ」ということを、ほとんどの人が知らなかった(らしい)。

それを思い知らされるたび、福島に住んでいたことのある私は、ハラワタ煮えくり返ってたもんです(汗)。

で、当時、タイトルに掲げた「I、愛、会い」をよく聴いてたんですが……こんな一節があるんですよね。

+++↓ここから引用↓(1)+++++++++++++++++++++

本当に神様がいるのなら 変わり続けるのが運命(さだめ)なら
信じることで憎しみを消してほしい
当たり前にある幸せなんて 一つもないよ
僕や君の願いが永遠でありますように


+++↑ここまで引用↑(1)+++++++++++++++++++++

この箇所を聴くたび、「神様」に、(この私の)憎しみを消してほしい」と、思いましたよ。
「ハラワタを煮えくり返らせるために使うエネルギーがあったら、もっと有効なことに使えよ私」ということは、頭ではわかってましたから。

でも最近、「信じることで憎しみを消してほしい」の部分の解釈が、ちょっと変わってきまして。
これ、誰かが私に対して、「あなたの憎しみを、どうにかしてあなた自身で消してほしい」と願っている……いう意味にもなるのではないかと。

そして、これは最近気づいたんですが。

「ここまで引用(1)」の直前部分の歌詞は、これなのです。

+++↓ここから引用↓(2)+++++++++++++++++++++

でもね周りを見渡せば 信じていたい証がある
繋がっているなんて 気付けないと思ってた


+++↑ここまで引用↑(2)+++++++++++++++++++++

全国レベルで見れば、「震災なんて、もう済んだことだ」「福島のことなんて知るか」と思う人が残念ながら増えている(であろう)一方で、「自分にできることがあったら、したい」という思いを、もしかしたら「喉に刺さった魚の小骨」扱いかも知れないが、持ってくれている人だって、いっぱいいるはず。

それなのに、「東京じゃどいつもこいつも、震災のことなんてきれいさっぱり忘れやがって(怒)」と決めつけてしまうのは、「繋がっている」ことに「気付けない」でいることなのではないか。
きれいさっぱり忘れやがった(ように見える)人たちに対してハラワタ煮えくり返らせるより、「繋がっている」点を探し出し、活かしていくほうが、よっぽど建設的なのではないか……と、ちょっとずつですが、思うようになりまして。


そして、この歌の終わり近くには、こんな歌詞があります。

+++↓ここから引用↓(3)+++++++++++++++++++++

過ちを過ちにしたくないのが僕らだろう?

+++↑ここまで引用↑(3)+++++++++++++++++++++

この期に及んで「原発はやっぱり夢のエネルギーだ。これからも原発を新しくガンガン作るべき。外国にもバンバン輸出するべき」と思っている人は、まあそうそういないと思いますが。

それ以外のことで、「今まで」原発に関して起きてしまったことや、「今ある」原発については、どうしましょうかね。

「過ちを過ちにしたくない」と思い、また、そう行動するのが、本物の知性と教養と想像力を持つ人間だと、私は思いたいんですけどね……この国に住む人たちはどう思い、また、行動していくんでしょうかね。

「刮目して、見届けよ!」という気持ちで、見ていこうと思います。

++++++++++++++++++++++++++++++
「I、愛、会い」は、これです。

I、愛、会いI、愛、会い
(2008/11/19)
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私はこっちで聴きましたけどね(笑)。


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ココロとアタマに残るうた。~藤の花咲けりこの世はつねにつねに~

藤の花咲けりこの世はつねにつねに誰か逝きたるあとの空間

(ふじのはな さけりこのよは つねにつねに だれかゆきたる あとのくうかん)


掲出歌の作者は、高野公彦(たかの・きみひこ)氏です。
今現在、「朝日歌壇」の選者を務めている歌人なので、名前に見覚えのあるお方も多いのでは?

掲出歌は、「水行」(雁書館、1991年)所収の歌です。

藤の花の季節なので、選んでみました。

私がこの歌に出会ったのは、もう何年も……いや、何十年も前のことになるかも知れない……ん、なるな、確実に。

その時から、特に引っかかっていたのは、「誰か逝きたるあとの空間」の部分。

確かに「この世はつねにつねに誰か逝きたるあとの空間」であることに、間違いはないのですが。

この表現は、「たった今、どこかで、誰かが息を引き取ったかもなあ」みたいな、漠然とした感慨と共に、「次に誰かが『逝』くのは、ここかも知れない」「それは自分かも知れない」というような、恐れとか不安とかをも、確かに感じさせるものだと思う。

そして、1995年1月の阪神・淡路大震災、2004年10月の新潟県中越地震、2007年7月の新潟県中越沖地震、2008年6月の岩手・宮城内陸地震を経て、2011年3月11日以後は、

「この世はつねにつねに誰か逝きたるあとの空間」

の部分が自動的に

「この列島はつねにつねに次の巨大地震が起きる前の空間」

と読み替えられて、頭の中で響くようになった。



さて、いったん話は変わりますが。

汚職が原因で辞職した国会議員が、その直後の選挙に(図々しくも)立候補して(そしてなぜか圧倒的な票を集めたりもして)当選を果たすと、堂々と

「禊(みそぎ)は済んだ」

と言い切って、前より伸び伸びと(奔放にやりたい放題に好き勝手に)政治活動を再開する……みたいなことは、間々ありましたが。

この“禊(みそぎ)脳”とでもいうのか、そういう思考回路って別に政治家じゃなくても、日本に長いこと住んでいる日本人なら、程度の差こそあれ、みんな持っているんだろうと思う。

もちろん、「気持ちを切り替えて、前に進む」ためなら、“禊脳”も必要でしょう。

だけど、この“禊脳スイッチ”の厄介なところは、「それがオンになっているときは、“危機管理スイッチ”は自動的に完全オフになってしまう」というところ(のような気がする)。

そりゃ、四六時中、寝ても覚めても“危機管理スイッチ”がオンになっていたら、その人は病気になると思いますが……。
目覚めている間は常時、何%かはオンになっていてくれなきゃ困りますよね。

その“危機管理スイッチ”は、「オンかオフか」「ゼロか100か」「オールオアナッシング」というような、二者択一でパチンパチンと切り替える仕様ではなく、「レバーをスライドさせて、無段階で調整できる」「オフ状態にはならない」というような仕様が理想かな。

今後は(ってか、本当はずっと前から、だったんだろうが)、“危機管理スイッチ”のほうこそを常時オンにし、“禊脳スイッチ”はもう全開にはしない……ってことが大事になるでしょうね。
相手は「お人よしで物分かりのいい有権者」なんかじゃなく、「恵み深い半面、徹底的に非情でもある自然」なんだから。



あー、「お人よしで物分かりのいい有権者」で思い出した。
6月には、東京都議会議員選挙がありますね。
「この列島は、とりわけ首都圏は、つねにつねに次の巨大地震が起きる前の空間」
であることをしっかり認識してくれている候補者に当選して欲しいと思います。


あーそれから、これ、選挙のたびに思うことなんだが。

有権者の皆さんは、「票を入れたい候補者がいなかったから投票に行かなかった」というのは、もうなしにしようなー!
票を入れたい候補者がいないなら、白票や無効票を入れればいいんです!
「投票所に行ったからには、絶対に誰か1人の候補者を選ばなくちゃならない」なんてことは、全くないんです!

逆に言うと、投票に行かない人のほうが真面目すぎるのかもな!

「投票率は85%にも達した」「しかし開票した結果、3割が白票・無効票だった」とかいうことにでもなれば、この国の偉い人たちも、少しは違和感や、危機感や、居心地の悪さを感じるかも知れないさ!


みんな、白票を入れるために、投票所に行こう!


(※ この記事は、「白票・無効票を入れる行為」そのものを積極的に推進する意図で書かれたものではありません、念のため。)


(そして高野サンの歌の話どこ行った(汗))




ココロとアタマに残るうた。~冬の皺よせゐる海よ~

冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか

(ふゆのしわ よせいるうみよ いますこし いきておのれの むざんをみんか)



掲出歌の作者は、中城ふみ子(なかじょう・ふみこ)という女性歌人です。
北海道帯広市出身で、1922年(大正11年)生まれ、1954年(昭和29年)死去。

歌の大意は……「冬の皺よせゐる海よ」はそのまま、訳す必要はないでしょう。
3句以降は、「私はもう少し生きて、自分のこのむごい人生を見届けるとするか」というようなものでしょうか。

この歌は、ふみ子が、小樽に住む妹夫婦のところから、乳がんの治療のため札幌の病院へ向かうその途中、汽車の窓から見えた張碓(はりうす)海岸のことを詠んだ歌だと言われているそうです。

冬の海というのは、それだけで、寒々しい、寂しい感じのするものですが、ふみ子は、自分の命がもう長くはないであろうという気持ちを、ポジティブな印象は感じにくい「皺」という単語を含んだ、「冬の皺よせゐる海」という言い方で表したのでしょうか。

実際ふみ子は、この歌を詠んだ約8ヵ月後に亡くなっています。



さて、私が最近この歌を思い出したのは――あ、「最近」ではないかも知れませんが――2011年の3月下旬頃です。

2011年の3月は、まだ全国的に、けっこう寒かったんですよね。
そして、思い出した「海」というのは、小樽の海ではなく、福島の海……福島第一原発のすぐそばの海です。

2011年の3月下旬頃、どうしてこの歌を思い出したのかと言いますと。

巨大地震の後、東電が「福島第一原発を廃炉にすることを検討する」と発表したのが、確かこの時期だったんですよね。
もちろん、これより前、冷却のために海水を注入した時点で、ほんのちょっとでも原発に詳しい人なら「ああ、もう廃炉だな」と思ったと思うんですが、東電はその時点では「廃炉」という言葉は使っていなかったのです。

だから、東電が「廃炉を検討する」と発表した時は、「当然だ」と私は思ったものですが……しかし、それでもショックだったのは、「廃炉には、40年かそれ以上かかる」という見通し。

この私は、生きて見届けることができるのか?
少々……かなり怪しい。

その時、この「今少し生きて己れの無惨を見むか」という言葉が含まれる、この掲出歌を思い出したのでした。



そしてその後、この掲出歌が、意味を変えて迫ってくるようになりまして。

海の寿命は、人間の寿命に比べれば、そりゃ比べ物にならないほど長いものでしょうから……福島の海に対して、

「あと40年生きるかどうか怪しい人間の私でさえ『今少し生きて己れの無惨を見むか』と思ってるんですから、あの津波を引き起こしたあなたも――私より明らかに長く生き残るであろうあなたも、あの津波の結果もたらされたことを――あなたの成した無惨の行く末を、見届けてくれませんか。

福島の海よ、あなたも、『今少し生きて己れの無惨を見むか』と思ってくれませんか」

とでもいうような気持ちが湧くようになりました。

これ、文法的には明らかにおかしい解釈なんですけどね、でも、「今少し生きて己れの無惨を見むか」という言葉そのものが持つ力が、余りにも強くて。

もちろん、海の側には、何の落ち度も責任もないんですけどね、それはわかってます。
大地震が起きれば津波が起きるのは当たり前。
2011年3月11日は、津波のその先に、原発があっただけのこと。
海に、人間に対する悪意や害意があったわけがない。

だけど、福島に限らず、長いこと海に近い地に住んでいた者、その地に親しんできた者にしてみれば、「当たり前」「あっただけのこと」などとは到底思えないのも、これまた「当たり前」。
あの津波の後、それまで海の仕事をしていたお方たちの中でさえ、「もう海の見えるところには住みたくない、もう海なんて見たくない」という理由で、内陸へ移ってしまったお方もいるというし。

一方で「津波のせいでどんなにつらい思いをしても、自分は海から離れない。これからも海と生きていく」と決意したお方たちもたくさんいるとのことですが、そういうお方たちの中には、「もう海なんて見たくない」と言うお方たちを気遣って、「自分は受けたダメージが軽いから、こんな風に思えるんだろうか」と、罪悪感に駆られたりしているお方もいるそうで。

そんな風に分断されてしまったお方たちのことを思う時も、これもやっぱり、海のもたらした「無惨」の結果なのでは、などと、思ってしまうわけです。

ただ、海、地震、津波という自然が引き起こす「無惨」そのものに対しては、人間は無力かも知れませんが。
津波が引いた後に、人の心の中に発生する「無惨」には、無力ではないはず、と思いたい。

原発の廃炉まで、たとえ40年以上かかったとしても。

そして、福島で津波のもたらした「無惨」と戦っているお方たちには……とりわけ「首都圏に住んでいて、原発の恩恵は受けていたが、津波の被害は受けなかった」というお方たちに、力になってもらえれば、と、切に切に思う。
これは、客観的に条件に当てはまっても、そういう自覚のある人にしかできないことですから、どれくらいのお方が手を上げてくださるか、甚だ心許ないことではありますが。


3月中旬の福島は、まだまだ寒く、季節は「冬」のうちです。
前述の通り、あの年の3月は、特にそうでした。

その3月の、「津波を引き起こした、冬の海」が「穏やかな春の海」「眩しい夏の海」へと表情を変えるのを見るにつけ、

冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか

という、掲出歌を思い出していたのでした。

「無惨」を忘れないために……「無惨」「無惨」のまま放っておくことがないよう、自戒の意味も込めて。

++++++++++++++++++++++++++++++
一応「自戒」の意味を込めた記事の終わりに、こんなことを書くのは、本当は相応しくないのかも知れませんが。

安倍総理が、総理就任早々に、福島第一原発を訪れてくれたのはいいんですけどね。
でも、そこで発された

「政府は、廃炉作業を全面支援します!」

というあの力強い言葉には、どーにもこーにも違和感を禁じ得なかった(汗)……まるで、

「もう首都圏のために原発を稼動できなくなったという意味では、政府は福島を、全力で見捨てます!」
「廃炉が完了した暁には、政府は、福島のことは、全力で忘れ去ります!」


と力強く宣言されているような気がしたんですけどね(汗)……いや、こっちが歪んだ耳で聞いているという自覚くらいはありますよさすがに。

でも、こんな風に感じたのが私1人とは思えないんですけどね(汗)……どうなんでしょうかそのあたり。




ココロとアタマに残るうた。~世の中は常にもがもな~

世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも

(よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのおぶねの つなでかなしも)



掲出歌は、少し前このブログで、大河ドラマ「平清盛」の感想記事の中でも取り上げた歌です……いや、それ以前に、「百人一首」にも選ばれている、有名な歌です。

詠んだのは、鎌倉右大臣(かまくらうだいじん)こと源実朝(みなもとのさねとも)。
源頼朝と北条政子の間に生まれた人物で、鎌倉幕府の第3代征夷大将軍です。

歌の大意は、

「世の中は、いつまでも変わらないものであって欲しい。
漁夫が、小舟を引き綱で引きながら渚を行くその様子は、何とも言えず趣が深いものだ」

というようなものでしょうか。
(「かなし」は、現代語の「悲しい」の意味ではなく、「愛しい」の意味になります。)

この歌は、上の句と下の句が内容的にどうつながっているのかが今ひとつはっきりせず、学者さんたちにとっては、現代語訳するに当たって頭の痛い歌らしいですね……「渚漕ぐ海人の小舟」と「常にもがもな」がどう結びつくのかと。
私も「訳せ」と言われたら難儀するだろうなあ(ってか、今回、した(汗))。


だが。

今年の4月、松川浦を訪れた後しばらくして、思い当たったことがありました……去年の3.11の津波で甚大な被害のあった、福島県の松川浦を訪れた後に。
「渚漕ぐ海人の小舟」はおろか、港ごと、魚市場ごと、海水浴場ごと流され、何にもなくなってしまった松川浦を訪れた後に。
もともとそこ一帯にあった家屋の土台と、壊れた大量の船以外、何にもなかった松川浦を訪れた後に。

前にも載せましたが、こんなでした。

松川浦の光景・その1。
(※写真クリックでかーなーりー大きくなります。)



――実朝が生きていた時代、「渚で、海人が小舟を漕いでいる」なんてのは、取り立ててどうということのない、平凡な風景だったんでしょうね。

――そしてそれは、松川浦の、漁船がたくさん停泊していたり、魚市場が営業されていたり、夏には海水浴場が賑わっていたりしていた風景も、同じようなものだった気がする。

去年の3.11以来、「何でもない日常がずっと続くことこそが、幸せということなのかも」とは、被災地以外に住む人たちこそが、しみじみ思ったんじゃないでしょうか。

幼い頃から政争の渦中にい続けた実朝も、「何でもない日常がずっと続くことこそが、幸せということだ」と思って、掲出歌を詠んだのかも知れない。
「兄の頼家が追放されたのち、12歳で将軍となった」「妻は娶ったが子はないまま、満26歳で甥に暗殺された」という実朝の生涯を思い出しつつこの歌を読み返すと、なお、そんな気がする。


ただ、もともと難しい時代に難しい立場に生まれ、それゆえに非業の死を遂げた実朝には、「何でもない日常がずっと続く幸せ」は許されないものでしたが。

あの3.11とその後に続く日々の中で「何でもない日常がずっと続く幸せ」をいちど破壊されても、その中を生き抜き、そして今生きている人には、「何でもない日常がずっと続く幸せ」を取り戻す余地は、まだまだ、充分、ある……あるはず、あると信じている私は。

(もちろん、「まだまだ、充分、ある」からと言って、今現在苦しい人を待たせておいていいわけでは全然ないが。
これは、「被災しなかった者には、被災地・被災者の助けになれる余地がまだまだある」「少なくとも、今生きている者たち全員の寿命が尽きるくらいまでは、それは続くはず」という意味です。)



松川浦は、今年の4月に私が行った時は、「面影もない」って感じだったんですが。

その松川浦がもとの姿に戻ったら――いや完全に復元されないまでも、港や魚市場や海水浴場として、少しでもいいから機能するようになったら――その時は、昔海水浴場があったあたりへ、また行ってみようと思う。
私の記憶に「初めて行った海」として残っている、松川浦の海水浴場へ。

きっとその時私は、再生しつつある松川浦を前にして、「ずっとこんな感じの光景が見られますように」と……そう、「常にもがもな」と、思うんだろうな……と、今、思う。




ココロとアタマに残るうた。~「Only You~キミとのキヅナ~」(Lc5)~

この記事で取り上げるのは、「うた」は「うた」でも、このブログにしちゃ珍しく「和歌、短歌」のほうじゃなく、「音楽の歌、曲」のほうです。

その「歌、曲」とは、

「Only You~キミとのキヅナ~」

演奏は、Lc5(エルシーファイブ)。

歌詞は、「僕」が「キミ」に呼びかける形で書かれています。


いきなり話が飛ぶようですが、この「Only You~キミとのキヅナ~」は、アニメ「べるぜバブ」の、2012年1月から3月にかけてのオープニングで使われた曲でした。
この番組は2012年3月で(いったん)終了したので、オープニングのこの曲を「これでアニメ「べるぜ」とも、しばらくお別れか」としみじみしながら聴いていた……ということも手伝ってますが、5曲あったオープニングの中で、私はこの曲がいちばん好きです。


ここから先は、私の独自の解釈。(妄想とも言う)

「僕」と「キミ」の2人は、「小学校の同じクラスや、中学校の同じ部活だった、仲のいい2人」。
一人称は「僕」ですが、男の子でも女の子でも、どっちでも可。

「キミ」は、これまた、異性でも同性でも、どっちでもいいんですが……同性のほうがいいかな。
この年齢で同性の友達に感じる熱い友情って、恋愛感情にちょっと似ているようなところもありますよね……そういう年齢の「僕」と「キミ」。

で。

<例えば今 此処でキミが消えてさ>

とか、

<例えば今 此処で僕が消えてさ>

とか、

<変わらないよ 二人で見た景色も>

とか、

<同じ瞬間(トキ)を 駆けるdestiny
鳴り止まぬ奇跡を>


とかの歌詞があるわけですが……これらの歌詞からはどうしても、

「今までの平穏な暮らしがある日突然一転し、引き裂かれた2人」
「一緒にいられなくなることが決まってしまい、相手が別の場所で元気でいてくれることを祈ることでしか、希望をつなげなくなってしまった2人」

という状況を連想してしまいます。

「僕」は「キミ」と、あと何年間かは一緒に過ごせるものと、当たり前のように思っていた。
が、ある日を境にして環境が激変し、「キミ」は、どこか遠くに去っていくことになった。

もちろん、もう二度と会えないわけじゃないけど、でも、小学生や中学生にとっては、「あと何年間かは一緒に過ごせるもの」と思っていた仲のいい友達がある日突然去っていく、ということは、大人が考える以上にショッキングな、日常を破壊されるような出来事のはず……大人にとっての「二度と会えない」に相当するくらいの、つらい経験のはず。



何のことを書いているのか、もうおわかりですよね。

去年の3.11の後の、福島の子供たちのことです。

多くの福島県民が、あの巨大地震による原発暴走が原因で、それまで住んでいた土地から離れるのかとどまるのかの選択を迫られました。
大人たちにとってもつらい選択だったでしょうが、その結果に従うしかない子供たちにとっても、つらい出来事だったはず。

子供たちの頭には、「自分たちが、大人たちの希望になっている」「だから、苦しい気持ちを表に出してはいけない。無理してでも、明るい顔をしていなくては」という思いがあると思う……ないはずがない。

この曲は、テンポの速い、トーンの明るい、力強い曲ですが、その裏には、「僕」の――いや、福島にいる(又はいた)無数の「僕」たちの――「無理してでも明るくしていなくては」という思いにつながっていくものがあるようで……なあ。

この曲は、発災から1年近く経って発表された曲だし、もしかして、震災を意識して作られた曲だったのかな……そんな気がしてならない。

何度聴き返しても未だにちょっと涙が出てしまうのは、2番の入りの、ここ。


<歩いていくよ 自信を持って 誰かが必要とすることで
キミにとって僕が 全てではなくても 一部になれてるといいな>


――こちらが思わず、無言で跪いてしまうような、敬意を表するしかない、気高い決意を表す、意志的な言葉だと思うんですが……。

「子供」に、こんな「気高い決意」を強いるような状況は、そもそも起きてはいけないんですよね……そんな状況が起きないよう、大人はあらかじめ心を配り、心を砕かなくちゃいけないんですよね……いけなかったんですよね。

残念なことに、去年の3.11より前には、そういうことはあんまり考えられなかったようですが……。

これからはほんとに考えなくちゃな、この私も……今は「大人」である身としても、そしてかつて「福島在住の子供」だった身としても。

++++++++++++++++++++++++++++++
「Only You~キミとのキヅナ~」は、これ。

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私はこっちで聴きましたけどね(笑)。
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ココロとアタマに残るうた。~侵攻はレイプに似つつ~

侵攻はレイプに似つつ八月の涸谷(ワジ)越えてきし砂にまみるる


掲出歌は、黒木三千代さんというお方によるものです。
「クウェートは私、じゅうりんされる国家」という詞書きがついた歌だそうです。

「クウェート」「八月」という単語からわかるように、この歌は、1990年8月の、イラクによるクウェート侵攻を歌ったものです。

そう、もう20年以上前の歌なんですが……。

掲出歌を思い出したことが、ここ1年半ほどの間に、2回ありました。

1回目は、2011年3月11日の午後3時台、仙台平野を飲み込んでいく津波の映像を、テレビで、リアルタイムで観てしまった時。

2回目は、「福島第一原発から、目に見えない放射能物質が拡散している」という事実を、目に見えるよう加工された絵で見た時。
「2回目」というより、これは今も続いてます。


レイプというのは、人間の悪意がものすごく極端に現れた行為の一つだと思うんですが、「地震」や「津波」は、人間の悪意の結果ではありませんよね。

でも……「怠慢」は?
「怠慢」というのは、広い意味での「悪意」じゃないのか?

福島第一原発の管理をしていた(はずの)東電に怠慢はなかった……と思っている人は、今となっては1人もいないと思う。
東電の偉い人の頭には、

「本社があるのは東京だ。
多数の原発を置いているのは、その東京から遠く離れた福島だ。
そこで働いているのも、多くは現地の人間だ。
万が一原発に何かがあって、そこで働いている人間や原発周辺の人間に影響が出ても、大したことじゃない」

という意識があったのは、残念ながら、間違いないだろうと思う。

「無意識レベルでなら、そういう思いもあったんじゃないか」と言われてしまうかも知れないが、その「無意識レベルの怠慢」こそが大問題だったはず。
意図的に手を抜いていたほうが、まだマシだったかも知れない。

「無意識レベル」といえば、「無関心」は?
「無関心」というのもまた、広い意味での「悪意」じゃないのか?
マザー・テレサだって「愛の反対は、憎しみではなく、無関心だ」と言ってるし。

マザー・テレサのこの言葉って、「ここで言われている愛とは何だ」という論点で語られることが多いけど、ここ1年半の間は、「無関心」のほうにどうしても意識が向くようになったなあ。

で……「無関心」の実態ってのは、「その相手を軽視するのが当たり前になっている」「その相手から恩恵を受けている(かも知れない)ことに無頓着」ってことがけっこう多いんじゃなかろうか。

そりゃ、芸能ニュースだの、最新グルメ情報だの、そういうものにまで全て関心を持てとは、私も流石に言わない(ってか、私自身が「無関心」だし(汗))。

だけど、
「自分が住んでいるのと同じ国に、自分が生きているのと同じ時代に、自分と同じ普通の一般人として生きている、人」
に関することに「無関心」なんだとしたら、それは
「その相手を軽視するのが当たり前になっている」
「その相手から恩恵を受けている(かも知れない)ことに無頓着」
ってことなんじゃないのか?


これは構造的な問題でもあるから、個人個人を責めるだけじゃ解決にならないんですけどね。
例えば……。

「福島の原発で作られた電気は、福島では使われず、首都圏に送られ、使われていた」という事実を、2011年3月まで、首都圏に住む人の大半は知らなかったようです。

これは、「福島出身・首都圏在住」の立場からすると、信じられない&耐えられないことなんですが……でも、「首都圏の人だって、知らされていなかったんだからしょうがない」と言われてしまえば、それもその通りなんですよね。

2011年3月まで、「首都圏+福島」に住んでいた者はほとんど全員が、

「危険な原発を抱えながら首都圏に電気を送っているのに、首都圏の人たちにはそれをほとんど知ってもらえない」

という立場か、

「危険な原発を遠い福島に抱えてもらいながら、それを知ることなく、電気を使い放題の暢気で気楽で便利な生活を送る」

のどっちかに所属することになってしまっていたわけです……好むと好まざるとに関わらず。
「構想的」というのは、そういう意味です……まあ、「1人残らず、どっちかに所属していた」わけではないですが、今となってはもう、そんなことはどうでもいいことになってしまったし。


電気を含め、インフラに関する「無関心」を少しでも改善するには……。
役所内や、企業内や、大型商業ビルなんかに、

「ここで使われている電気は、○○の火力発電所で作られ、送られてきています」

とか、

「この水道の蛇口から出る水は、××のダムから送られてきています」

とか書かれたステッカーやポスターを貼るとかすればいいのになあ、などと思ったんですが……それだと「テロを誘発する」とか「ステッカーやポスターを作るコストがあーだこーだ」とか何とかいう理由で、却下されちゃうのかな。



えー、この記事は、(掲出歌を再び引用しますが)

侵攻はレイプに似つつ八月の涸谷(ワジ)越えてきし砂にまみるる

という、黒木三千代さんというお方の歌をもとに書いたものです。

発災以来、それまで知っていた歌を、震災に絡めて思い出すことが多くなりました。
なので今後、そのいくつかを、載せていこうと思います……で、まずは「八月」という言葉が読み込まれているこの歌をば、「8月」の日付の記事として。
(去年の8月にも、この歌のことは書こうと思ったんですが、当時はまだまだメンタル的に無理だった。)



何にしても、3.11前から、食品については「どこ産だ」ということを気にする人は多かったですけど、電気に関しては全然そうじゃなかったんだなあ、と痛感してます。

発災直後もつらかったですが、最近は、周りの(首都圏の)人たちの、あまりの立ち直りの早さというか見事な忘却っぷりというか、そういう感じの言動をハタで見ていて聞いていて、内心めげそうになる、ということが多いです……これは、発災直後に比べ、増えてます。

「被災地出身&首都圏在住」で、そういう思いを持っている人、いっぱいいると思うんですが……そういう人同士で集まれる場でもあればいいのになあ……反原発デモなんかしない方向の。

(まーどうせああいうデモも、民主党政権が終われば自然消滅するんだろうけど……と、若干毒を吐いてこの記事を締めてみる。)






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