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NHK大河ドラマ「平清盛」の感想?(汗)~「夢の都」と「幻の都」~

「八重の桜」も始まったってのに、まだ「平清盛」絡みの記事です(汗)……おまけに、読み返してみたら、「「平清盛」の感想」であるかどうかもかなり怪しいですが、よろしかったらどうぞ(汗)。

さて、11月の放送だったと思いますが、「幻の都」というサブタイトルの回がありましたよね。

この「幻の都」ってのは、「清盛は京から福原に都を移したが、この遷都が大不評で、僅か半年で還都せざるを得なくなった」という出来事の、福原の都のことであったわけですが。

この「幻の都」って言葉、どこかで似たような言葉を聞いたなーと思って、記憶を遡ってみたら……。

2001年の大河ドラマ「北条時宗」で、時宗の父の時頼が、
「鎌倉は、夢の都じゃ……」
と言うシーンがあったんだった!

「平清盛」では、福原遷都が失敗に終わっていた頃、東国では鎌倉に都が造られつつありましたが、その鎌倉の都も、時を経て、「夢の都」という、少し「幻の都」と似たような言葉で呼ばれたんだなあ、と、ちょっと面白かったです(ってだから、番組が交ざってますから(笑))。


ところで、「都として、短命に終わった土地と、長生きした土地」ってのがあるそうで。
長生きしたのは、「奈良、京都、鎌倉、東京(←これは現在進行形)」。
短命だったのは、清盛が遷都先に選んだ福原と、秀吉が居城を築いた大坂あたりでしょうか。

一説によると、「都として長生きした土地は、都の増設前に、風水に関する調査を徹底して行い、重視した」という共通点があるんだそうで。
そうだとしたら、これから大掛かりなハコモノを作る予定のあるお方はもちろん、プレハブの物置を作る予定のあるお方なんかも、やっぱり少しは風水に気をつけたほうがいいかも知れません。


おお!
今思い当たった!
2001年の「北条時宗」で「鎌倉は、夢の都じゃ……」と言った北条時頼を演じたのは、渡辺謙だった!
渡辺謙といえば、「平清盛」で北条政子を演じたの父親ではないですか!

1987年の「独眼竜政宗」で渡辺謙が政宗を演じ、その22年後の2009年「天地人」では、渡辺謙の娘の杏が愛姫(政宗の正室)を演じた……ってことは、2009年当時、よく言われましたが。

2012年の「平清盛」では杏が北条政子を演じたが、そこから11年遡って2001年の「北条時宗」では、杏の父の渡辺謙が、北条家の子孫である時頼を演じてた、ってことになりますね!

ただちょっと惜しいことに、時頼は政子の子孫ではなく、政子の弟(異母弟)である義時の子孫ですけどね……「平清盛」の終わり2回か3回くらいにちょこっと出ていた、あの影の薄い(失礼)若い武士が、時頼の先祖です。


ついでなので、鎌倉幕府で執権職に就いた人名を、時宗の代まで挙げてみよう。

初代執権:北条時政
第2代執権:義時(初代時政の次男。政子の異母弟)
第3代執権:泰時(第2代義時の長男)
第4代執権:経時(第3代泰時の嫡男(時氏)の長男)
第5代執権:時頼(第4代経時の弟)
第6代執権:長時(重時(第2代義時の3男)の次男。第5代時頼の義兄(正室の兄))
第7代執権:政村(第2代義時の5男)
第8代執権:時宗(第5代時頼の次男で嫡男)
(中略)
第16代執権:守時(最後の執権。妹は足利尊氏の妻。つまり、義弟に執権の座を追われてしまったということなんですねえ)

室町幕府の将軍は第15代が最後、江戸幕府の将軍も第15代が最後でしたけど、鎌倉幕府の執権も第16代が最後だったんですね……同一の組織の頂点で仕切る職がだいたい15代か16代まで続いたあたりで、時代はひと区切り、ってことなんでしょうか。

「将軍」となった人物たちといえば「源○○」「北条○○」「足利○○」「徳川○○」なんでしょうが、この中では、「北条○○」のことを私はいちばん知らないかも(汗)。
「足利○○」のほうを知らないような気がしてたんだが、終わりの数人の就任期間は戦国時代と重なるので、名前と順番だけならそこそこ覚えてるということがわかった。
伊達家の当主の名前も、「足利○○」の名前にちなんでつけられたものが多いですしね。
「北条○○」についても、もうちょっと知らないとまずいかな(汗)。


そうだ、「清盛が福原に遷都してから還都まで、僅か半年だった」と書きましたが。

「現代の組織勤めのサラリーマン&サラリーウーマンが、異動になった先の部署にどうしても馴染めなかったり、仕事場が移転して通勤がすごく不便になったりすると、見切りをつけて辞めるのが、異動や仕事場移転から平均してだいたい半年だ」

という話を聞いたような気がする(汗)。

清盛の「遷都→還都」もそうだったのかなあ、などと思って、ちょっとオカシくなってしまったことでした(笑)。

(この後にも、「異動先に馴染めなかった、若しくは遠すぎる仕事場への通勤に耐え切れなかったサラリーマン&サラリーウーマン」絡みで、あれこれ書きたいことがあるんですが、「平清盛」とはまるで関係ない話になるので、このあたりでいったん切ります!)



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NHK大河ドラマ「平清盛」の最終回あたりの(ざっくりした)感想。

「源平もの」といえば今までは、「頼朝や義経の視点で描いたもの」ばかり観てきたから、「清盛の視点で描き、締め括るって、どうやるんだろう」と思ってたんですが……。

なるほど、「西行を、イタコとして使う」という手法を使いましたか!

清盛が一族の前で、徳子を「天晴れな娘じゃ」と称えたシーンは、ちょっと涙が出た。
実際には、天皇の后となりまた次期天皇の母となった女性の中で、その後徳子ほど凄絶でつらい経験をした女性っていなかったと思うんですが、でも、このドラマの中の徳子は、父の清盛のあの言葉を支えに、生きていけたかも知れない。

清盛が時子に、「源氏物語」に事寄せて、最後に何か言う……ってことはやるだろうなと思ってたけど、それは「そなたこそが、わしの紫の上じゃ」という言葉でしたね。
「源氏物語」の中の紫の上が幸せな女性だったかどうかはおくとして、このドラマの中の時子にとっては、あの言葉が最高の褒め言葉だったのは間違いないだろう。

まあ実際には、ああいうこと(自分の死後、自分の親しかった相手にイタコ役をやってもらう)はできないわけだから、生きているうちに、対面にしてもメールでも手紙でも、お礼や感謝の念を言うべき相手にはきちんと言う……ってことは心がけたほうがいいかも知れませんね。

++++++++++++++++++++++++++++++
「壇ノ浦で死に切れず、その後出家した徳子のもとを、後日、後白河上皇が訪れる」というエピソードは、描かれませんでしたね。

後白河上皇にとって徳子というのは、どういう存在だったのか……「清盛の娘」という意味では憎かったかも知れないが、「自分の息子の后」「自分の孫の母」そして「自分がかつて寵愛した、今は亡き滋子の姪」という意味では、哀れでもあったのかな。
それこそ「藤壺と紫の上」と同じで、「滋子と徳子」は「叔母と姪」だったわけだから、面差しがちょっと似ていたりもしたかも知れないし。

(ふと思ったんですが、もし「源氏物語」で、桐壺院より藤壺が先に死んでたりしたら、桐壺院はまだ幼い紫の上を召し出して仕えさせたりしたんだろうか、ひええ(汗)。

そんで源氏は、帝の后である紫の上が宿下がりしたところを狙って忍び込み、事に及び、紫の上はその結果の子供を産んだりしてたんだろうか、再度ひええ(汗)。)

++++++++++++++++++++++++++++++
時子が安徳天皇に言った「海の底にも、都はござりましょう」って言葉は、エンディングで叶えられたか……としみじみ思いながら観ていたら、深田恭子as時子のナレーションでズバリ全く同じことが語られて、私はコケかけた(汗)。

でもあのエンディングは良かったぞ。
生の芝居のカーテンコールを観ているような気持ちになった。

++++++++++++++++++++++++++++++
このドラマの感想として、「若い頃はあれだけ熱い理想を持っていた清盛が、どうしてあんな老醜を晒すようになったのか」という感想は、ときどきお見かけするんですが。

このドラマでは、清盛は、「実の父は白河上皇、母は白拍子の舞子」「舞子は、白河上皇の差し金で、赤子の清盛の前で惨殺された」という設定になってますよね。

で。

私なりに(無理やり)解釈した結果、こんな感じになりました。

育ての父母の忠盛・宗子の深い慈愛をもってしても、清盛の、自分の出生の秘密についての苦しみや恨みは長きにわたって消えることはなく、それがやがて「自分以外のすべてのもの、世の中への恨み」と変質していった。
「血縁」「肉親」というものに対しても、愛憎半ばする思いがどんどん増幅し、その狭間にあって、自らも引き裂かれる心地が増していった。

「自分以外のすべてのものが、世の中が憎い」という思いは、「平氏一族を使って世の中を支配する」ということによって凌駕しようとしたが、それは同時に、「暴政の手段として、血縁で結ばれた一族を使う」という意味で、「血縁」「肉親」を貶めることでもあった。

だが、そんなことを続ける先に安らぎはなく、心満たされることもあろうはずがなく、気力も体力も尽き果てる頃、自らの命の終わりも、また一族の運命の果ても、見えようとしていた……。

↑こんなややこしい、屈折した人物像ではなかったですけどね、このドラマの清盛は。
ただ、まあ、こんなのもありかな、と思いまして……ね。

++++++++++++++++++++++++++++++
一方、源氏の側の描写ですが。

最終回のエピソードではないですが、大ピンチを乗り越えて帰還した頼朝と、それを迎えた政子が、
「あの時は、尼になる覚悟を決めましたぞ」
「勝手に殺すでないわ」

などと、笑って言うシーンがありましたが……。

のちに政子は、頼朝にも、子供たちにもみんな先立たれた後、本当に尼になるんですよね(涙)。
あのシーンの政子の台詞は、もちろんその史実を意識して書かれたものなんでしょうけど……(涙)。

思えば、平家が滅びそして身内の義経が死んだ後に、次々と降りかかる災いを「平家の呪いなのでは」「義経の崇りなのでは」と思ったのは、頼朝より政子だったかもなあ……自分の産んだ子4人全員が、自分より先に、若くして死んじゃったんだし。

母親としてこれほど悲しい人生もなかっただろうが……でも、「子に先立たれても、悲しい母でいるだけにとどまらず、大きな仕事をやり遂げた」という女性って、いますよね……元明天皇や持統天皇なんかもそうだしなあ。

終わり数ヶ月は、「老いていく清盛と、新興の源氏の人々」の対比が切なかったですが……。
あんなに生き生きしている若々しい源氏も、一族としても、個々人としても、決して「長寿」ではなかったからなあ……と、史実を知っている立場で観ていて、それはそれで、別の意味で切なくなったことでした。

++++++++++++++++++++++++++++++
そうだ、最後に一つ!

最終回の前の回の、「西行が数十年ぶりに堀河と再会し、夜通し歌合わせをした」というあのエピソードって、「源氏物語」の、「源氏と源典侍の再会」と「源氏と朧月夜の再会」を足して2で割りましたよね明らかに!(笑)
「この期に及んで、まだパロディを盛り込むかー!」と、それこそ「天晴れ!」と思ったことでした!(笑)


このドラマ、視聴率が悪かった低かったとさんざん言われましたが。
「源氏物語」は、実在した歴史上の人物たちに本当に読まれ、愛されていたんだろうな……と感じさせてくれたという意味で、稀有な作品だったと思います。
「源氏物語」自体がテレビドラマや映画で映像化されることはときどきありますけど、「源氏物語を読んでいる人々を生き生きと描く」というスタンスって、言われてみると滅多にない気がします。

もう、しばらく、こういう描き方がされているドラマにはお目にかかれないだろうなあ……それが寂しいですねえ。


あと、「私は、源平にはつくづく疎い」ということが身にしみてわかったドラマでもありました(汗)……これを機に、ちょっと勉強しようかな(汗)。




NHK大河ドラマ「平清盛」の8月から10月あたりの(ざっくりした)感想。~頼朝のモデルは実朝!?というのも…~

さて。
二つ続けて「清盛」ネタです。

以前から、このドラマの頼朝って、頼朝ってよりは、息子の実朝のイメージだなと思ってたんですが……。

++++++++++++++++++++++++++++++
「あー、このドラマの頼朝のモデルって、本当に実朝かも!(←ややこしいですが)と思えることを、最近発見した!

実朝が詠んだ歌に、

世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも

(よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのおぶねの つなでかなしも)

ってのがありますが。

この歌の前半の意味って、「世の中は、いつも変わらずにあって欲しいものだ」という意味なんですよね!

で、この「平清盛」の中の頼朝って少し前まで、「今日は昨日と同じ、明日は今日と同じ。このまま何も変わらない日々を、私はずっと送っていくのだ」みたいなことをよく言ってたじゃないですか。

この「世の中はずっと変わらない」ってところが、共通してませんか!?

――もちろん、実在した実朝は「世の中はずっと変わらない」ことを望みドラマ中の頼朝は「世の中はずっと変わらない」ことを悲観していた、という点は、正反対ですが、それにしても、「世の中はずっと変わらない」ってところが、共通してませんか!?


史実では、頼朝と政子も、後白河上皇と滋子同様、かなりの年の差夫婦だったような気がするんですが、このドラマでは、役者2人は、それほど年は離れていないですよね。
それも手伝って、政子が頼朝を叱咤激励するシーンって、まるで母親が息子を叱っているみたいに見えて、「な、何だか、政子、頼朝じゃなく実朝を相手にしてるみたい(汗)」と思いながら、以前から観てたんですが。

最近「世の中は常にもがもな」の歌に思い当たって、「そうか、わざと実朝っぽく見せる演出だったのか!」と、1人で大発見したような気がしたのでした(笑)。


(この「世の中は常にもがもな」の歌は、百人一首にも入っている有名な歌です……「源実朝」名義ではなく、「鎌倉右大臣」名義で、ですが。
朝廷風の呼び方だと誰だか分かりませんね(汗)。

あと、今回調べて知ったんですが、この「世の中は常にもがもな」の歌って、2首の歌を本歌取りしたものだそうで。
で、そのうちの1首は、吹黄刀自(ふぶきのとじ)が、自分が使える十市皇女(とおちのひめみこ)のことを詠んだ、

川の上の斎つ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて

(かわのべの ゆついわむらに くさむさず つねにもがもな とこおとめにて)

だそうで!
この「川の上の」の歌はこのブログでも取り上げたことがありますが、確かに、「常にもがもな」の部分が、まるっきり同じですね!
「世の中は」も「川の上の」も、私にとっては同じくらいの時期に覚えた歌なのに(それも、何十年も前に)、「この2首、似てるなー」と、今まで何でチラッとも思わなかったんだ私!(汗))



――今まで、
「義清と璋子のモデルは、「源氏物語」の柏木と女三宮」
とか、
「後白河上皇と滋子の出会いのシーンは、「源氏物語」の源氏と朧月夜の出会いのシーンのパロ」
とか、
「平家納経のエピソードで西行が船に同乗してたのは、能の「船弁慶」のパロ」
とか、いろいろ発見したつもりになってましたが、この

「頼朝のモデルは実朝」

ってのがいちばんのトンデモ仮説かも知れない(汗)。

でもまあ、こうやって勝手に関連付けしていくのも、フィクションを鑑賞するときの楽しみですからね、いいんだいいんだ!(汗)




NHK大河ドラマ「平清盛」の8月から10月あたりの(ざっくりした)感想。

記事タイトル通りですが、NHK大河ドラマ「平清盛」の、8月から10月あたりの、ざっくりした感想です。

唐突ですが。小泉純一郎氏が総理大臣時代、よく織田信長に例えられてましたけど……今思うと、平清盛のほうに近かったんじゃないのかなあ、「部下より一族を大事にする」あたりなんかゲホゲホ

この番組では、公家サイドは「ぽわんとした、輪郭が曖昧な、円形の眉」、武家サイドは「くっきりしたアーチ型(又は直線)の眉」ってのがトレードマークのようですが、それにしちゃ、公家の頂点である後白河上皇はずーっと「くっきりした直線の眉」ですね(笑)

途中で眉の形が変わる人もいましたけどね。例えば、重盛の正室・経子は、公家から嫁いできた頃は「ぽわんとした、輪郭が曖昧な、円形の眉」でしたけど、「武家の妻」になっていくにつれ、「くっきりしたアーチ型の眉」になっていきましたよね……あ、武家から公家に嫁いだ(ってか、上皇の妻になった)滋子は逆だったな。あの「ぽわんとした、輪郭が曖昧な、円形の眉」は、とても成海璃子には見えなかった(ってだから、「成海璃子」じゃなくて「滋子」だってば(笑))

その滋子も、ドラマの中じゃ死んじゃいましたけど……「享年35歳」だということで、「え、上皇といくつ離れてたんだ!?」と思ったら、15歳差だったそうで。けっこう年の差夫婦ですね

年の差夫婦といえば、高倉天皇と平徳子は、徳子が6歳年上だったとか(汗)。まあ「夫30歳、妻36歳」とかなら別に驚かないけど、この2人が結婚した時、高倉天皇は11歳、徳子は17歳(汗)。当然お互い初婚で、この年齢ってことは、露骨に「政略結婚」って感じだなあ

あー、でも、「源氏物語」の冷泉天皇は、「まだ自分が子供の年齢の頃、9歳年上の梅壷の女御を迎え、大人になってからもずっと寵愛した」って人物だから、当時としちゃ珍しいことでもないのかなあ

「源氏物語」はフィクションですけど、現実のほうでもそういう例はあるな。例えば、一条天皇の后として有名なのは定子と彰子ですけど、一条天皇は、自分が大人になってから迎えた年下の彰子より、自分が子供の頃に迎えた年上の定子のほうを寵愛し続けたっていうしなあ(ってか、「一条天皇と定子」こそが「冷泉天皇と梅壷の女御」のモデルか?)

「義朝の死後、常盤御前は清盛の側室にさせられ、やがて女の子を産んだ」というエピソードは、曖昧にしか描かれませんでしたね……まあそれをはっきり描いちゃったら、どんな理由をつけても、「清盛はひどい奴」って印象を与えちゃいますもんね

それに、この「常盤御前が清盛の娘を産んだ」ってこと自体、信憑性は怪しいとする説もあるそうですが……当時の女性なんて、名前すらはっきりわかってないことが多いですからねえ

ちなみに、清盛と常盤御前の間に生まれた(とされる)娘は、大河ドラマ2005年の大河ドラマ「義経」では「能子(よしこ)」という名前だったっけな、ゴマキが演じてた

更にちなみに、1993年から1995年にかけて放送された、人形劇の「平家物語」では、「常盤は清盛に対して、『私たち親子を助けたことによって、慈悲深い武士になったような気になるな』『私はあなたに借りを作るつもりはない』という意味を込めて、自分からその身を差し出した」みたいな解釈がされてたな……あれは斬新だった

この人形劇「平家物語」って、DVDボックスになってるんですね……これ
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↑NHKの人形劇って、いわゆる「声優」じゃない人が声を当てることが多いですが、この「平家物語」には、関俊彦高山みなみも出ているらしいです

義朝の正室・由良御前が亡くなり、保元の乱の後しばらくして義朝も死んだ頃、民放ドラマで玉木宏田中麗奈が共演していたのには吹いた、だって「玉木宏と田中麗奈」といえば、ついこの間まで「義朝と由良御前」だったじゃないか!(笑)

そうだ、「義朝も死んだ頃」で思い出した……これ、平治の乱のあたりを観た時から気になって仕方がなかったんだが……

平治の乱って冬じゃなかったか!?(汗)

源平合戦にはそれほど詳しくない私でも、あれには違和感を覚えたぞ!?(汗)何であんな、暑苦しそうな、埃っぽそうな川原で戦ってたんだ義朝と清盛!?(汗)

++++++++++++++++++++++++++++++
もう一つ書きたいネタがあったんですが、思いのほか長くなりそうなので、別の記事に分けて書こうと思います。

本当は、来年の大河ドラマ「八重の桜」についても書きたいことがちょっとばかりあるんですが。(←気が早い早い(笑))




NHK大河ドラマ「平清盛」のここ数ヶ月の(ざっくりした)感想。

NHK大河ドラマ「平清盛」の感想です。
もう、「いつの回の」とか「いつからいつまでの」と区切って書くことができなくなったので、開き直って「ここ数ヶ月の(ざっくりした)感想。」とします。

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オープニングの「小さい男の子が、ひたすら走っていく」って映像が、どっかで観たことあるな……と思ったら、1996年の「秀吉」に似てるんだな

思えば、秀吉は日本人に(ってか、歴史好きな一部のオッサンたちには)あんなに愛されてるのに、清盛はそうでもないのは何でかな。「武士」ってよりは「貴族」のイメージが強いから、かなあ

あー、あと、秀吉が人気なのは、「出自が不詳」ってのが大きいのかなあ……ぶっちゃけ、「父親が誰なのか、よくわかってない」ってことです。「ドラマ「清盛」では、清盛だってそうじゃないか」……と言われそうですけど、「実父は天皇かも知れない」「育ての父は、武士としては身分が高いほうだった」とあっては、多くの人にとっては、親しみや優越感を感じられませんから、ねえ(笑)

「多くの人にとっては」といえば……世の中の大半の人間は、「自分はずる賢い奴に出し抜かれた」「自分は不当に搾取された」「自分の手柄は持っていかれ、他人の不始末は押し付けられた」と思って生きてるわけだからなあ……清盛って、多くの人のそういうルサンチマンを刺激してしまうのかも知れない

室町時代の終わりから江戸時代の始まりまでは、「信長→秀吉→家康」の3人の流れで語られることが多いですけど……清盛って、この3人の腹黒いイメージを悪いところ取りさせられてるような感じ、しないか?(汗)

++++++++++++++++++++++++++++++
あーそうだ、もうドラマの中では全員死んじゃってるけど……。

「家盛の死から1年経って、頼長が忠盛(と宗貞)に、自分と家盛が『しかと結ばれた仲』であったことを告げ、忠盛は大ショックを受ける」というエピソードがありましたが。

あのエピソードについて、「あの時代は男×男は当たり前だったんだから、忠盛があんなにショックを受けるのはおかしい」みたいな感想をいくつか拝読したんですが……。

いやいやいや、そうじゃないだろ、おかしくはないだろ(汗)。
あの場合は、男×男が当たり前の時代だったかどうかじゃなく、家盛にとって不本意なことだった(と忠盛が悟った)、ってことが問題なんだろ。

あの時代の、武士である父親としちゃ、息子がそういう目に遭うってことは、ある意味、娘がそういう目に遭うのより、耐えられないかも知れない。

またあのシーンって、頼長が、忠盛1人に対してじゃなく、宗貞もいる場で告げた、ってことが効いてたなあ。
忠盛も、自分1人が知ったことなら、自分の胸一つに収めて、墓場まで持っていく……ってこともできるだろうに、家臣のいる場でバラされたのでは、それもできなくなっちゃったわけだからなあ。


あと、頼長を演じた山本耕史ですが。
2004年の大河ドラマ「新撰組!」では土方歳三――最後の武士――を演じたこの人が、「平清盛」では、台頭してきた武士に権力を奪われ、表舞台を追われる貴族を演じてるんですよね。
この「平清盛」は、こういうキャスティングの妙味を感じることが多いです。

(更に言うなら。

「実在した新撰組は男色の巣窟だった」という説もあるんですが(汗)、それでも、その中にあって唯一、男色とは完全に無縁だったのが、鬼の副長・土方歳三だったそうで(汗)。
こういうところも、「キャスティングの妙味」と思っていいんですよね(笑)。(え?))

++++++++++++++++++++++++++++++
えーと、他には何だ……。

あーそうそう、3週くらい前の「平家納経」の回ってあれ、明らかに「船弁慶」を意識してますよね!?
(いや、4月に「トヨタアムラックスホール」で上演された奴じゃなく、もっとこう、伝統的な能楽のほう(汗)。)

「僧侶である西行が船に乗っていることについて、船頭がちょっと違和感を持つ」みたいなシーン、あったし!
ってことは、本来ああいう場には、僧侶が乗り合わせてるのは不自然、ってことですもんね!

このドラマって、貴族の文化から生まれた「源氏物語」へのオマージュみたいエピソードはよくありますが、武士の文化から生まれた能楽とのフィーチャリングも、盛り込んでくれたら嬉しいな!

(まあ、私が視聴してすぐそれとわかるかどうかはかなり怪しいが!(汗))


そうそう「平家納経」と打とうとしたら、「平家農協」と出てコケた……というお方は、私以外にどれくらいいらしただろうか(笑)。




NHK大河ドラマ「平清盛」の4月あたりから7月あたりまでの(ざっくりした)感想。

「NHK大河ドラマ「平清盛」の4月あたりから7月あたりまでの(ざっくりした)感想。」という記事タイトルになってますが、4月より前の感想も含むかも知れません……まあ、ここ半年全部の感想になるかも知れません。

++++++++++++++++++++++++++++++
今更ですが、2005年の大河ドラマ「義経」では「冷徹な源氏の頭領である頼朝」を演じた中井貴一が、この「平清盛」では、「平家の頭領であり、一見弱気に見えるところもあるが、清盛にとっては、厳しくも心優しい、育ての父である忠盛」を演じた、というのは、キャスティングの妙味ですね!

そして、さっき調べて知ったんですが、「義経紀行」のコーナーでピアノを担当していたのって、松下奈緒だったそうで!

++++++++++++++++++++++++++++++
平治の乱まで、視聴していて困ったことは……信西入道が、ビジュアル的に言って、ど-見ても「国の改革を目指す僧侶」には見えなかったこと(汗)……どー見ても「生臭坊主」にしか見えなかったこと(汗)。

私は最初、こいつが反動派の親玉なのかと思ったよ(汗)。
もうちょっとストイックに見えそうな、もうちょっとギスギスした雰囲気の役者を選べなかったのか(汗)。

その信西入道は清盛にとって、「江~姫たちの戦国~」における、江にとっての千利休みたいな位置づけだったらしいですが……前述した通り、「生臭坊主」みたいに見えたせいで、千利休みたいには、あんまり見えなかったなあ(汗)。

あー、そして、それ以前に私は、若い相手に対して「私は何でもお見通しです」「まああなたも今にわかりますよ」みたいな訳知り顔をしてる年長者キャラって、受け付けられないのだ(汗)……脚本家のお方にとっては便利な役どころなのかも知れないが、あんまり濫用しないでくれ、そういう位置づけの人物を(汗)。

++++++++++++++++++++++++++++++
ずっと前(小学生の頃だったかな?)に読んだ歴史ものの漫画で、「内乱の後、舌を噛み切って自害した」という貴族がいたような気がしたんですが、今から思うと、あれ、頼長だったんだな。

でも本当は、「舌を噛んだところで、人間は死なない」んだそうで。
舌ってのは筋肉の塊だから、一部を切断されたところですぐ筋肉が収縮するため、大出血はしなんいんだそうです、「死ぬかと思うほど痛い」が、死ぬことはまあないんだそうです。

++++++++++++++++++++++++++++++
「由良御前が亡くなった後、義朝は常盤を訪ねるが、泊まることはなく引き上げていった」というあのエピソードは、「源氏物語」の、「紫の上が亡くなった後のある夜、源氏は明石の上を訪ねたが、泊まることはなく帰っていった」というエピソードが下地ですよね(多分)。

あー、「泊まらなかった」のは、「源氏物語」のほうは、明石の上の意思じゃなく、源氏のほうの意思によるものでしたけどね。

++++++++++++++++++++++++++++++
重盛が、自分の婚儀の最中、「平氏の跡取りを務める自信がない」とパニックになりかけたのを、清盛が一喝して、何事もなかったかのようにThe party must go on状態になったのは……飛躍するようですが、「初夜権」なんて言葉を思い出しだなあ(汗)。

その昔、「一家が嫁を迎える際、まだ『婚約』の段階で、夫となる男性の父が、嫁となる女性に、手をつける」ってことが行われていた地域があったんだそうです(汗)……まあ真偽のほどは定かではないですが、そんな説が浮かぶほど、いわゆる「家父長」の権限は強かった、ってことなんでしょう。

++++++++++++++++++++++++++++++
滋子と後白河院の出会いはあれ、明らかに「源氏物語」の、「朧月夜と源氏の出会い」のパロですね!
言うまでもないですが、朧月夜が口ずさんでいたのは「梁塵秘抄」の一節ではなく、「照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜に如くものぞなき」という和歌でしたが。

「源氏物語」で朧月夜は、源氏の異母兄である朱雀帝に入内する、という話が進んでいたのに、その前に源氏とデキてしまったんだったな……このあたりも、この「平清盛」の中での「後白河院、滋子、二条天皇」に似てるかも。

あー、朧月夜は、源氏の子を身ごもることはなく、結局朱雀帝に入内はした、ってところは滋子とは違うが。

++++++++++++++++++++++++++++++
さてオリンピック期間中は、大河ドラマの放送はどうなるのかな……土曜日の再放送のほうが確実に録画できるかな?
日本の夜8時台はロンドンじゃ昼の12時台だから、いろんな競技の真っ最中だろうけど、昼の1時台ならロンドンじゃ明け方の5時台だし……ん、放送予定をまめにチェックしよう。

松山ケンイチas平清盛は、「心配ご無用! 頑張れニッポン!」とか、やらないのかな(笑)。)




NHK大河ドラマ「平清盛」の1月から3月までの(ざっくりした)感想。

「NHK大河ドラマ「平清盛」の視聴率が悪い悪い」というニュースが流れて以来、ネット上では、「それはもっともだ、つまらない」という書き込みより、「別に視聴率がすべてじゃないだろうに」「オレは面白いと思うが」「アタシは観てます、これからも観ます!」という書き込みのほうを多く見かけます。

そして、「オレは面白いと思う」「アタシは観てます」系の書き込みをしているのは、歴史ファンのお方が多いみたい。
歴史ファンを自負する人って、やっぱりどっかひねくれた人が多いんですかねえ(笑)、「オレは違うぞ」「アタシを一緒にしないで」的な(笑)。



かく言う私も、けっこう面白く観てます、「平清盛」。(え?)

特に好きなのは、百人一首の歌が生まれたそのシチュエーションを、まるで「再現ドラマ」のように描いているところ。
今まででは「長からむ」とか「瀬をはやみ」とかが扱われてましたよね。
ああいう演出って今まで、ありそうでなかったので、なかなか新鮮でした。

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璋子義清がそれぞれ物思いに沈むシーンではよく猫が登場したけど、あれは2人を、『源氏物語』の柏木女三宮になぞらえてるのかな?と思ったら、同じことをお考えになった視聴者はいっぱいいたようで。

あー、あと、義清が物語の表舞台から去っていくシーンでは、大量の桜の花びらが激しく降り注いでいましたけど……あれも、柏木が女三宮の姿を初めて見たのは、桜の花びらが舞い散る春の日のことだったってエピソードを踏まえていたのかな。

ちなみに『源氏物語』では、源氏の最愛の永遠の心の恋人・藤壺宮――源氏にとっては、父の妻で、5歳ほど年上の女性――が死んだのも、やはり春でした。
(「心の恋人」とは言っても、密通してしまって、子までもうけ、その子は堂々と天皇になってるんですけどね(汗)、まあ「決して表沙汰にはできなかった」という意味で。

更にちなみに、「表沙汰にできる、最愛の人」である紫の上が亡くなったのは、秋でした……「荒れ果つる野辺を憂しとや」の、秋でした。)


さて、ちょっと整理してみた、「璋子女三宮共通点相違点」「義清柏木共通点相違点」

【璋子と女三宮の共通点】
「出家した」ってところ

【璋子と女三宮の相違点】
璋子は、密通した相手の子を産むことはなかったこと
女三宮は、璋子ほど早死にはしなかったこと
(ふと思ったんですが、女三宮って何歳まで生きたのかな……「雲隠れ」の巻以降、源氏の妻だった女性たちのことって、あんまり描かれてないですからねえ。)

【義清と柏木の共通点】
貴人の妻に叶わぬ恋をしてしまったこと
その恋に囚われ破れる前は、都に聞こえた優れた人材だったこと

【義清と柏木の相違点】
柏木は自分の子を1人も残さなかったが、義清には子がいたこと
恋に破れ、義清は出家したが、柏木はしなかったこと
柏木は若くして死んだが、義清は出家後、けっこう長生きしたらしいこと


こんなところかな……パッと思いついただけの点ですが。

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危篤状態の璋子に鳥羽院が取り縋って泣き崩れるシーンは、悲しくて泣かせるシーンであったのは確かだけど……何だか妙に生々しくて、ギクッとなったのも確かでした(汗)、いやこれは、番組を批判する意味じゃなくて。

何というか……「よりによって、僧姿の男と尼姿の女がごにょごにょ」という意味で(汗)。

また『源氏物語』の話ですが……あの源氏でさえ、尼姿の女性相手に「ムラムラします(@近藤さん@銀魂)となったことは、なかったはず。
あの頃の出家っていうのは、「私は死んだものと思ってください」「私は体は生きていますが、社会的にはもう死んだ者です、男でも女でもありません」という意思表示でもあったので、そういう相手に「ムラムラします」となるなんてのは、とんでもないタブーだったんでしょうね。

あー、これは史実ですけど、徳川家光なんかは、まだ尼姿だったお万の方に「ムラムラします」となったわけですよね(汗)、いや、こんな言葉で思ったわけではなかったと思うけど(汗)。
時代が下って江戸時代ともなると、「出家する」という行為の意味も、平安時代とは流石に変わってきていて、「私は死んだものと思ってください」とまでの強い意味は持ってなかった、ってことなんでしょうかね。

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義清が、崇徳院の

「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ」

の歌を、恋の歌ではなく家族愛の歌として詠じたシーンでは、私は一瞬びっくりしましたが、すぐに「なかなかいいぞ」と思いました。
私も以前、この歌を、恋の歌としてではなく受け取った、あるシチュエーションがあったもので。

それが何だったのかと言いますと……(オタクネタになりますごめんなさい)「戦国BASARA弐」の中のエピソードです。

ストーリー序盤で離れ離れになり、再会を死ぬほど切望しつつ、その思いをあらわにすることもなかなか叶わなかった政宗小十郎の心中はまさに「瀬をはやみ」だっただろうなあ……と、放送中からずーっと思ってたので、「この歌に、恋の歌としてではない解釈を与える」って演出が、味方を得たようで、心強かったです(笑)。

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明子が危篤状態になってから死んだ後にかけて、時子が琵琶を弾くシーンが何回かありましたけど……あれも、『源氏物語』の中の、琵琶を巡るエピソードを思い出したなあ。
明子が、意識が朦朧としながらもまだどうにか生きていた時点では、と、宇治の大い君中の君姉妹のエピソードを。
明子の死後は、柏木の死後、夕霧女二宮(落葉宮)が「想夫恋」を合奏するエピソードを思い出した。

前者は「男1人、女2人」だったのがやがて「男1人、女1人」になり、後者は「男2人、女1人」だったのが「男1人、女1人」になる流れでした。

「男1人、女1人」になっていく流れの中で、薫も大い君も中の君も、柏木も夕霧も女二宮も、大変に悩んだり悲しんだりするわけですが、まあこの「平清盛」は、そういうところに重点を置いているドラマではありませんからね、「明子の死→時子の嫁入り」のところは、サラッと行きましたね(笑)。

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あー、『源氏物語』のこと書いてたら、読み返したくなったな。

↓ちなみに、『源氏物語』関係の本で最近お勧めなのは、これです。
源氏物語通と呼ばれたい! (日本文化通シリーズ)源氏物語通と呼ばれたい! (日本文化通シリーズ)
(2008/03)
日本文化通研究会

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↑「入門書」的な本なので、お値段がけっこう手頃です。
また、「入門書」の割には、「あれ? あそこってどうだったっけ?」みたいな点も、けっこう細かく衝いてきて、知識の整理に役立ちます。
中級者にもお勧めです。

↓逆に、欲しいんだけど、お値段が全く手頃でないのがこれ(汗)。
変体仮名で読む 源氏物語全和歌変体仮名で読む 源氏物語全和歌
(2010/05/14)
中田武司、

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↑これ、一般人がポケットマネーで買うことを想定しないで価格設定しただろ(涙)……こういうときだけは、大学の研究室の人とかが羨ましくてたまらなくなる(涙)。
「『源氏物語』の中の和歌だけをピックアップして、1冊にまとめる」なんてのは、アイディアとしてはそれほど斬新なものではないだから、もっといろんな出版社から、もっとお手頃価格で出して欲しいものです……って、「平氏」じゃなく「源氏」の話になってるが(汗)。






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